1990.8.10.〜
泊った場所が「動物園前駅」
東欧見聞録 3 東ベルリンから西ベルリンへ
ようやく夕方に東ベルリン―「シェーネフェルト空港」に着いた。ところが、空港の外には出れなかった。バウチャーが必要だというのだ。私たちの英語の語学力のせいもあって、なかなか意思が通じない。かなりあせった。せっかくの旅行が最初の時点でUターンとは。やはり無謀なだ旅だったかと少々後悔をした。けれど、あれやこれやみんなで思案して、「西」ベルリンに泊まるつもりだというと、あっさり通ることができた。こんなにあっさりとうまくいくとなんだか拍子抜けをしたが、これがベルリンの壁が崩れた第一の証明だった。
空港前からタクシーに乗ることにした。タクシーは、かの有名な「トラバント」である。乗ろうとしたが、運転手が車を押してくれという。わたしたち4人で押して走って、ようやくエンジンがかかる。「トラバント」は、当時ボディは紙を樹脂で固めたものだといううわさがあった。本当だったんだろうか。とにかく前途多難の旅がスタートした。
西ベルリンにあるホテルの予約紹介所をめざし、タクシーは走った。ところどころでベルリンの壁が目に入ってくる。芸術的なものもあれば、単なる落書きのようなものもあった。このように落書きがされているのは、西側に入ったという証拠である。さて、ようやくインフォメーション(ホテル紹介所)に着いた。先を見ると多くの観光客が並んでいた。紹介所が閉まるのは、午後9時。すでに8時半を過ぎていた。
私たちの前に並んでいたのは、6人のイタリア人だった。彼らのホテル紹介が終わるとベルリン中のホテルは満室となった。頭を殴られたようなショックだった。紹介所の人がホテルの代わりに提示したのが、郊外にあるテントである。そこはけっこう遠く、交通手段も判然としなかったので行く気にはならなかった。そこで、結局この紹介所の前にあった「ツォー・ロギッシャー・ガルテン」駅にとまることになった。
英語で「ツォー」はZOO、「ロギッシャー」はFRONT、「ガルテン」はGARDENということで、日本語にすると、「動物園前駅」である。私の故郷「西成区」の最寄の駅名と同じだった。そして、同じだったのは、駅名だけではなかった。

シェーネフェルト空港(東ベルリン)