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物乞いをする人々とミサ 

 ロシアを歩いて感じるのは、まず貧しさだった。通りには、ぼろの薄汚れた服を着た人々が、老若男女を問わず並んでいる。いくつかのグループは、洋服や日常生活用品を必死で売っている。これは女性が多い。
 そんな中でも最も物乞いの多かったのが、上記の写真の「アレクサンドルネフスキー寺院」の門前の通りだった。通りの両サイドに8人ぐらいの人が座っている。その前に空き缶やかばんを「銭入れ」に使っていた。ここは観光客も多いので、けっこう収入があるのだろう。他のところより人数が多かった。サンクトペテルブルグの寺院前には「乞食」がいることが多いが、ここはなぜこんなに多いのだろう?この通りにはドストエフスキーやチャイコフスキーなどの有名人の墓があるせいだろうか。
 さて、この「アレクサンドルネフスキー寺院」だが、私が行ったときはちょうどミサの最中だった。静かにしていたら、入れてくれるというので、入ることにした。中は立錐の余地がないくらいたくさんの人々がいた。女性は頭にスカーフで頬かむりをしていた。大衆のにおいと人いきれと同時に人々の敬虔さが伝わってきた。最前列には5〜6人の司祭が教を唱えながら、香の入った壺を振っていた。そんな姿を間近で見たいという、例の悪い私の癖が出てきた。人々を掻き分け、前の方まで行ってみた。人々の横顔を見ると、真剣そのものだった。神を信じる敬虔さと神を信じなければならない経済状態があるように感じたが、これは邪推だろうか。これまで行ったどの国よりも祈りには悲壮感があふれていた。
 最前列から戻ってくると妻に叱られた。観光客がそんな最前列まで物見うさんに行くべきでないと言うのだ。まぁ、言うことはわかるが、こんな場面があると、どうしても外からではなく、中から体験したくなるのが私の悪い癖だった。どうしても血が騒ぐのである。 

 

「市場の風景」 

 サンクトペテルブルグで買い物をするのは慣れないと大変だった。後から小さなスーパー・マーケットを次々と見つけることができたが、もうその時にはこの地を離れるときだった。たいていの店は外からどんな店なのかわかりにくい。入ってみて初めて何の店かわかるからである。ロシア語が読めれば問題がないのであろうが、ただの観光客である私たちには、わかりにくい店が多かった。
 さて、我妻の今回の旅の目的は、市場とごみ箱の写真をとることだった。妻は学校給食の栄養士である。この写真を総合学習の授業で使うということらしい。そこで、北欧でも同様に市場らしい市場を見つけては野菜や魚などを写真に収めていた。ところが、このサンクトペテルブルグでは、なかなかそれらしい市場が見つからなかった。偶然ドストエフスキー記念館の通りに上記の市場を見つけた。どうも卸売り市場風なのだが、私たちが通っても買っていけというので、やはり小売の市場なのであろう。人通りは写真のとおりそんなに多くはな、活気はあったとはいいがたい。ただ、品数が豊富で新鮮だった。値段は高いのか安いのかよくわからなかった。
 ネフスキー大通りにある老舗のデパート「大ゴスティヌイ・ドヴォール」は、広大な敷地を宮殿のように四方を取り囲んだ2階建ての建物であった。革命前からあったそうであるが、店の品物は、日本のデパートを感じさせるほどは充実はしていなかったが、2階のほとんどの店はブティックなど高級品を売る店が多く、デパートとしての品格は一応あった。しかし、廊下の窓から中庭を眺めてみると、中庭はニューヨークのYMCAの中庭を思い出せるほどのおんぼろだった。剥げ落ちた壁からレンガや木枠のくさったような物が見られた。見えないところにはお金が回らないということがとてもよくわかる。豪快だが細部に気持ちがいかないというのが、いかにも大陸風だ。これは社会主義の特徴というより、アメリカも同じで、おざっぱな普通な感覚だろう。日本やドイツが細かすぎるということだろう。 

 

「文学カフェ・リチェラトゥールナエ」 

 プーシキンが通ったという由緒ある2階建ての「カフェ」だが、カフェというよりは外人向けの高級レストランだった。室内の装飾や絵画もあって、こっている分値段も高かった。絵画は昔のサンクトペテルブルグを描いたものが多かった。ピアノの生演奏もあった。 

 

 

 ロシアでよく見る結婚式の風景。なぜだか、花嫁はみんな美人だった。そして、大勢の若者が取り囲んで祝福していた。