ポーランド旅行記

東欧見聞録 6 東ベルリンからワルシャワへ  

 

誇らしく語るピンドルさん 

 シェーネフェルト(東ベルリン)空港からポーランド航空(LOT)でワルシャワに行くことになる。荷物はいつも座席の下にしていたので、持ち込みたいと言うと、無理だといわれた。飛行機に乗ってみてわかった。かなり、小さな飛行機で通路をはさんで2列ずつの座席である。座席と座席の間隔はかなり狭く、荷物を置くのは到底無理だった。
 座席の隣は、ソ連人の男性だった。50歳前後だっただろうか、気さくに会話に応じてくれた。私の片言の英語にも粘り強く耳を傾けてくれたので、私は上機嫌だった。話で覚えているのは、ゴルバチョフのことである。彼を好きかと聞くと、すかさずNOの返事。理由は、チェルノブイリに対する対応の批判だった。そのせいで、自分の友人が被爆をしたということである。いろんな話をしているうちに打ち解け、彼は親切にもウオッカをふるまってくれた。今までの愛想の悪いソ連人のイメージが一変した。彼との会話のおかげであっという間にポーランドに着いた。
  空港を出ると、ボクシ・ピンドルさんが出迎えに来てくれていた。日本語がとても上手でわれわれは安心した。そして、U委員長が突然雄弁になったので、一同大笑いした。それからすぐに車でホテルに向かった。小さいが小奇麗なホテルだった。料理がよかった。珍しいものばかりが印象に残っている。「牛の脳みそ」「かぶらの赤い冷たいスープ」どれも美味だった。
 ワルシャワ市内で最も印象に残っているのは、「旧市街」(上記の写真)だ。旧市街は、バロック調の建物、古い石畳、ガス燈など趣のある風景が目に付く。この風景はポーランド人がもっとも自慢しているものの一つだった。それをヒトラーは何のためらいもなく、爆撃をしたが、(第二次世界大戦の始まりである。)戦後、不屈の闘志と団結力で、ポーランドの人々は真っ先にこの旧市街の復元に取り組んだ。建物のドアの取っ手一つまでも正確に復元した。街に誇りを持つポーランド人ならではの神業だと思う。このことを誇らしく語るピンドルさんが印象的だった。