景行天皇
大和歴代天皇陵墓
オオタラシヒコオシロワケノスメラミコト
12代 景行天皇 (大帯日子淤斯呂和気天皇) 日本武尊の父
ヤマノベノミチノエノミササギ
山辺の道上陵 (渋谷向山古墳)
大帯日子淤斯呂和気天皇 巻向の日代宮に坐しまして
天の下治らしめき
ここに天皇 その御子の建けく荒き情を惶みて
詔りたまひしく 西の方に熊曾建ふたりあり
これ伏はず禮無き人等なり 故 その人等を
取れとのりたまひて遣はしき
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倭建命、日本武尊、小碓命、倭男具那王
倭建命臨終の時 国を思ひて読んだ歌 国のまほろばとは
この辺りであったのでは
写真左から
西殿塚古墳 = 継体天皇后手白髪命の陵
行燈山古墳 = 崇神天皇陵
渋谷向山古墳= 景行天皇陵
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箸墓古墳=倭比賣命陵−大市墓
(倭迹迹日百襲姫命=卑弥呼?)
俗に卑弥呼の墓
と呼ばれています。
ここに小碓命その叔母倭比賣命
の御衣御裳を給わり 剱を御懐に
納れて幸行でましき
その他、この写真の中だけでも大小様々な墳墓や宮跡が点在しています。
黒塚古墳 三角縁神獣鏡が
大量に出土しました。
飛鳥時代以前の大和朝廷発祥の地、
数々の伝説もロマンもこの地に
埋もれています。
我らが心の古里
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(各墳墓説明)
間近に見えるのは珠城山古墳群、
その向こうには三輪神社や
金屋には歌垣で有名な海石榴市
があります。
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この陵墓も巨大で、かっては二重の堀を持っていた
かも知れないのですが、現在では周囲に細い堀が
僅かに残っているだけです。
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曇っていて見えないのですが、彼方の山の向こうが平群の山あたりか
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麗しき童女の姿と化した美少年 倭男具那王の
美酒に酔い、宴酣の時、懐より剱を取り出した
皇子に尻から剱を貫かれた
熊曽建は
「おのれ謀ったか!」とは言わなかった。
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「今しばし、その刀動かし給うな!
申し上げたき事があります。」
既に我が命尽きようとする瀕死の熊曾建は
「御名をお聞かせ下さい
西国に我等より猛き者なし
大倭の勇者よ!
我が名建を献り
以後、倭建皇子と称えましょうぞ」
倭時代の勇者の話
この後倭男具那王、小碓命は最後まで
倭建尊を名乗る
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