2009.12.26.(土) 晴れ
あっと云う間に年末も押し詰まってしまった。今年も後1週間もないのだ。
12/22-24と「湯布院・黒川温泉旅行」を楽しんで来た。鹿児島に単身赴任していた時、車で九州各地の温泉巡りを満喫して来た。
「湯布院温泉」へは赴任した年の秋に、当時は運転免許を持っていなかったので、JRで訪れたことがある。「黒川温泉」には
行きたかったが、タイミングが合わずに実現出来ないうちに、段々と有名になり、予約も取れない温泉地になってしまった。
「黒川温泉」に行こうと色々と考え、JRとレンタカーでの旅も企画していた所、「湯布院・黒川温泉」を訪れるツァーを見つけ、
タイミングも良いので申し込む。前日、添乗員から確認の電話があり、人数は16名とラッキーだ。
6時45分の早い集合に合わせ新大阪へ。新幹線で小倉まで行き、そこからは一人2席と広々としたバスでまずは「宇佐八幡宮」に向かう。
全国の八幡宮の本山の広い境内と朱塗りの本殿で「二礼・四拍手・一礼」で参拝する。何故、二拍手でなく四拍手なのか?
次は豊後高田の「昭和の町」の散策をする。町おこしの一環として昭和30年代の繁栄した頃の街並みや道具・文化を残そうと
努力された貴重な地方都市を散策する。
昼食は当時の雰囲気を残す食堂で、昭和55年当時から料金据え置きの「チャンポン」・「高菜焼飯」を食べる。350円と当時の値段だが、
懐かしい味を美味しくいただく。街並みには昔のテレビ・洗濯機・ミゼット・冷蔵庫等が展示されており、懐かしい気分満杯だ。
古い映画館の看板は手書きで残されており、美空ひばり・三船敏郎等々の当時のポスターが展示されている。写真と違った迫力がある。
「昭和のお宝自慢館」には、当時の家屋の状態が展示されており、若者には知らない世界が展開されている。色々なグッズや駄菓子も
あり、タイムスリップした雰囲気だ。
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| 宇佐八幡宮・本殿 |
昭和の町の映画館 |
350円のチャンポン |
バスは一路「湯布院温泉」に向かう。昨日は寒波襲来による積雪で、高速道路も通行止めだったそうだが、今日は晴天で暖かいのは
ラッキーだ。
早目の15時30分に宿に入り、ゆっくりと露天風呂を楽しむ。露天からは頂上に薄っすらと雪を頂く「由布岳」を望みながら。
今日は冬至だが、「柚子湯」の風習がないのか「柚子風呂」がないのは残念だった。美味しい夕食を堪能し、ゆっくりとする。
早朝の「由布岳」は頂上に雲がかかっているが、朝靄の中でそびえている雄姿は美しい。もっと朝霧が深ければ雲海が発生し、
高台に登ると美しい光景が眺められるのだが、この朝の光景も美しい。
河原の草木が霜で白くなっている中を散策する。霜柱を踏みしめて「金鱗湖」に向かうと湖面からは靄が立ち込めて幻想的な光景だ。
湖の横には温泉があり、暖かいお湯が流れ込んでいるのだろう。きれいだ。
朝食の後はフリータイムとなり、再び「金鱗湖」を訪れるが、早朝に比べると水面からの靄は少ない。やはり早朝が狙い目なのだ。
ブラブラと街巡りをする。女性に人気がある温泉地だけに、お洒落な店が立ち並ぶ。天皇誕生日の祭日なので、観光客は多い。韓国・
中国からの観光客も多く、色んな言葉が飛び交う国際都市の感がある。
スイーツやコロッケを昼食代わりにしてホテルに戻る。前回訪れた時の記憶が時々蘇るが、街並みも変わり、新しい発見が多いのに
湯布院の進化を感じる。
バスは「黒川温泉」に向かう途中、「天領・日田」の街並みを散策する。お雛祭りの時期は観光客で溢れるそうだが、今回は
観光客も少なく、静かな街並みを散策し、お屠蘇用の新酒を買ったり、ショッピングを楽しむ。
15時30分頃に「黒川温泉」のホテルに到着し、早速「湯めぐり」に出掛ける。最近の温泉地でも「湯めぐり手形」を発行して、
各旅館の露天風呂を巡るシステムが多くなったが、「黒川温泉」では早くから実施していて、女性客の人気が高いのだ。
3ケ所の温泉を巡れるので、「洞窟温泉」「立ち湯温泉」で有名な旅館を巡る。渓谷沿いに開けた温泉街はアップダウンが
多いが、静かな街並みはなかにかのものだ。各旅館やお店の接客態度も笑顔と明るい声で町中でおもてなしを徹底している姿は
温泉も含めて、リピーターが増える源だろうと。
宿泊したホテルの浴場も見事で、外湯3つに加え、ホテルの露天風呂・内湯と温泉三昧を満喫した後、夕食となる。馬刺しもある
美味しい料理を堪能してぐっすりと眠る。
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| 日田・豆田町の街並み |
渓谷の黒川温泉 |
湯めぐりの宿 |
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| 高千穂峡・真名井の滝 |
最終日は少し長いドライブになる。まず宮崎県の「高千穂峡」に向かう。途中の九重高原の山々を眺め、九州の雄大な
景観を望みながら進む。
「高千穂峡」は3度目だが、冬の季節は初めてだ。水量は少なく、少し迫力がなかったが、日本を代表する(?)景観の
一つを満喫する。
神話の里の自然を満喫して、昼食は地元の山菜主体のヘルシーなものをいただく。カッポウ酒が
振る舞われたのは嬉しい。
バスで一路熊本に向かう。途中、「阿蘇連峰の涅槃像」がきれいに見えたそうだが、ぐっすりと眠っていて眺められなかった
のは残念至極だ。
熊本市内の渋滞に少し出会って「熊本城」に到着する。
「熊本城」には鹿児島赴任時代に訪れ、「青春18きっぷ」での旅では、夜桜見物をしたり、天守閣を眺めた。
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| 熊本城 |
本丸御殿の大広間 |
自由時間となり、「2つの天守閣」や当時のまま残っている「宇土櫓」に登り、加藤清正の気分を味わう。
今年春に完成した「本丸御殿」の立派な大広間・襖絵・天井を眺める。
この「本丸御殿」建造
に対しては「一口城主制度」が設けられ、3億5千万以上の募金が集まったそうだ。凄い。
1.5時間の自由時間も3つの天守閣・櫓に登り、「本丸御殿」を廻るだけで一杯だ。
「熊本城」見学を終え、高速で博多に戻り、新幹線で新大阪へ。皆さんとお別れして23時帰宅する。道中の行程はゆっくり
していたが、出発・帰宅の時間は厳しいのが難点だ。楽しく充実した3日間の温泉巡りだった。
2009.12.11.(金) 雨
昨日は「青春18きっぷ」発売の初日に合わせて、夏以来の「中山道」紀行を実施した。
段々と遠くになるので、往復の移動時間が長くなり、実質紀行する時間は制限される。5時の始発列車に乗り、
京都・米原・名古屋・中津川で乗り換えて、前回の上松駅に到着したのが、11時過ぎと6時間かかった訳だ。
前回は熱中症状態でリタイヤした「寝覚め床」までタクシーで戻り、13回目の紀行をスタートする。
「上松宿」から
「平成の木曽の桟(かけはし)」と云われる歩道のない危険な国道を進むと本当の「木曽の桟跡」に到達する。
「中山道」の難所の一つで、木組の桟で道路を確保していたが、転落事故が多く、通行人の松明の火が燃え移り焼け落ちた
後、石組にし、道を確保した跡なのだ。今はその上を国道19号線が通っている珍しい史跡だ。
国道と旧道を進んで「木曽福島は谷底の町」とも云われている「福島宿」に到着する。全てを廻る時間がないので、
詳細は次回に回し、「崖屋造りの家」や「福島関所跡」を駆け足で見学し、駅前の食事処で乾杯と夕食を食べ、
15時49分発の列車で6時間弱かかって22時前に帰宅した。
今回の歩行は約12km、24600歩だった。次回は「中山道」の中間地点を通過することになっている。昨年春の出発以来、
14回目で半分進むことになるのだ。
2009.12.07.(月) 曇り
12月に入ったが暖かい日が続いた。しかし、今朝の散歩時は畑の藁の上には薄く霜が降りている。少し冬らしくなり、
空気が冷たくなったことが、肌で感じられる。
「大根」等の間引き菜を時々収穫し、浅漬けで楽しんでいたが、「エンドウ」「スナップエンドウ」の芽が伸びてきたので、
棚作りに出かける。昨年使った竹が腐っていないので、再利用することにして支柱を作り、竹を渡してネットを張る。
いつも購入するネットがコーナンで売り切れになっていたので、棚作りが遅れたが、別の店で同じようなネットを見つけた
ので、少し遅くなったが、やっと出来た次第だ。
「大根」「小カブ」「日野菜」を間引き、「春菊」「小松菜」「水菜」「サニーレタス」を少しづつ収穫する。なべ料理の
補助野菜の自家製は大丈夫になったのは嬉しい。