Home紀伊路・中辺路伊勢路・大辺路高野路・小辺路吉野路・奥駈道旅行記家庭菜園

菜園も休眠状況だ。エンドウは順調に成長している。

2010年01月 (2003/10 スタート)

2003〜2006年の記録、

■2007年.01月、 02月、 03月、 04月、 05月、 06月、 07月、 08月、 09月、 10月、 11月、 12月、

■2008年.01月、 02月、 03月、 04月、 05月、 06月、 07月、 08月、 09月、 10月、 11月、 12月、

■2009年.01月、 02月、 03月、 04月、 05月、 06月、 07月、 08月、 09月、 10月、 11月、 12月、

■2010年.01月、 02月、 03月、


2010.01.24.(日) 晴れ

昨日は小学校の同窓会をすることになり、有志による準備委員会を行った。
18時から弁天町の居酒屋でやることになっていたので、その前に小学校周辺を散策する。高校1年まではそこに住んでいたが、 それ以降、時々叔父の家に訪れるだけで、周辺の変貌には気付かずにいた。
当時なかった地下鉄、今年開通した阪神電車難波線と交通機関は便利になった。ボルトナットで有名な地域も拡幅工事で、 当時の道が広くなっていたのに驚く。
名簿整理しても3割程度しか判明せず、空欄の多い幼馴染の家を探す。街並みも変わり消息不明なのが良く分かる。大変だ。

叔父の家に立ち寄り、久し振りに話し、集合場所に急ぐ。
6人のメンバーが集合し、概要について検討し、6月に実施することにするが、卒業以来55年経って、120名の卒業生の中、 50名程度しか分からないので、判明するルートを検討する。
次回の打合せ日程を調整し、第1回の会議を終えるが、前途多難だ。


2010.01.18.(月) 晴れ

昨日は「阪神・淡路震災」発生から15年となる日だった。早朝から神戸の慰霊祭のテレビが放映され、手を合わせた。
その日は現在の家の改築中で、仮住まいで生活しており、初めての経験の揺れに驚いて飛び起きた。母・妻の安全を確認し、 改築中の家の異常ないことを見て、近所に住む同僚の車で会社に急いだ。工場内は少しの荷崩れはあったが、問題ないので 一安心。
その後のニュースで阪神高速が倒れ、電車が高架上から落ちそうになった映像に被害の大きさを初めて知る。そして、神戸市内の 火災の報にただただ無事を祈る時間が過ぎて行った。後で、会社の女性が家の崩壊で亡くなったと。
あれから15年経過したのだ。その年の6月に鹿児島への単身赴任と新築すると転勤するとのジングスがその通りになった年だった。

妻が雪景色を見たいと云っていたので、残っている「青春18きっぷ」を用いての琵琶湖一周することにする。
鉄人28号
湖西線で敦賀に行くことも考えたが、スキー客で混雑すると考え、米原経由で近江塩津まで行き、乗換えて敦賀に行くことにする。 大津辺りから同じく琵琶湖一周するグループが多くなり、車内は賑やかになる。米原付近から雪が見え始め、北陸本線に入ると 雪景色が美しくなる。
伊吹山もガスで見えず、近江塩津に着くとホームも雪が一杯積もっている。銀世界の美しさに癒される。ホームの雪で子供たちが 雪だるまを作り、待ち合わせ時間を楽しんでいる。
湖西線経由の電車で敦賀に行き、駅近くの食堂で刺身定食等で乾杯。

帰路は湖西線で一気に帰る予定だったが、震災の被害地に新たに希望を与えるべく造られた「鉄人28号」を見に行くことにする。 高槻を通過して、新長田へ。夕闇が迫る駅前には慰霊のロウソク文字が灯り、たくさんの人々が集まっている。早朝だけではなく、 一日中「慰霊祭」が町の所々で行われているのだ。
新たに出来た「鉄人28号」は駅の近くの広場に堂々と建っている。大きい!!
甥っ子が小さい頃、「鉄人28号」が好きで、良く遊んでいたことを思い出す。息子達も多分知っているだろうが、孫はどうだろう。
写真を写そうとするが、大きくて大変だ。NHKを始め、テレビ局がインタビューをしたり、「慰霊祭」の映像を撮っている。 「鉄人28号」にもライトが当てられ明るく輝く姿は雄々しい。これが被災者の方に力を与えてくれれば、嬉しいことだ。

駅前に戻ると震災時間から12時間経った17時46分の黙祷の時間となった。カウントダウンの後、全員黙祷して慰霊する。二度と 起こってはいけないことを願いながら。
ロウソク文字は「1.17」と「ながた」と描かれ、明々と光を発している。黙祷。

雪景色・鉄人28号・慰霊祭と1月17日の記憶に深い日を有意義に過ごせた。改めて黙祷する。

近江塩津駅
ホームの雪だるま
雪景色

鉄人28号
鉄人28号・上半身
鉄人28号・顔

1.17の灯
ながたの灯
ろうそくの灯


2010.01.11.(月) 晴れ

昨日は「青春18きっぷ」を用いての「中山道」紀行を実施し、第一目標の京都〜江戸の中間地点に到達した。
5時前に出発し、数日前の寒波により彦根辺りから雪景色で、関ヶ原のホームには1m程の雪が積まれている。主要道路には 雪がないが、脇道は真っ白で歩くのに不安を感じたが、大垣からは雪がなく、長野県に入ると薄らと雪化粧している。

出発から6時間後の11時20分に紀行をスタートする。「福島宿」の史跡を巡る。火災を逃れた「上の段」には昔の町並みが 残り、当時の用水からは冷たい水が流れている。
「中山道」から離れた「木曽義仲の墓」等の史跡を見学し、「中山道」では「碓氷関所」と共に重視された「福島関所跡」に足を踏み入れる。 関所への坂道は雪が凍り、滑り易く当時の関所が復元された所を見る。
関所からは青空がのぞきだした暖かい陽射しの中、薄っすら雪をいただいた山々を望みながら進むと念願の「中山道・中間地点」に 到達する。何の変哲もない看板が立っているだけの殺風景な目標点に少しがっかり。写真を写してもらおうとしても、誰も通らず、 近くの「道の駅」に「中山道東西中間之地」の碑が立っているが、敷地の端でここにも人はいない。記念撮影は諦める。

次の「宮ノ越宿」は「木曽義仲・旗揚の地」で義仲関連の史跡が多い。「義仲館」には「木曽義仲と巴御前」の像が立ち、その奥の 「徳音寺」には「巴御前」の像が勇ましく立っている。ここにも「木曽義仲の墓」があったと後で知り、次回に確認が必要だ。
15時を過ぎ、次の「藪原(やぶはら)宿」までは7kmあり、行けないことはないが、帰宅時間が23時過ぎるので、諦めてここで終える。
駅前には何もない無人駅で、列車の到着を寂しく待ち、15時32分発の列車で帰路に就く。中津川の乗換え時にビールを買って、列車で 乾杯し、22時前に帰宅する。
往復12時間、歩行4時間の行程の歩行数は23000歩と少ないが、雪景色を見ながらの道中は楽しいものだった。

福島宿・上の段の街並み
用水
福島関所への小道
福島関所
中山道・中間地点
中山道東西中間之地の碑
雪をいただいた山々
木曽義仲と巴御前の像
巴御前の像


2010.01.02.(土) 晴れ

新年、明けましておめでとうございます。
2010年スタートの初日の出は、残念ながら拝むことが出来なかった。西の空は晴れていて、月食を終えた満月が輝いていたが、 東の空は厚い雲に覆われて・・・・。
昨年はなかなか厳しい年で、家庭菜園にも足を運べず、手間をかけられずにいた。しかし、野菜類は元気な生命力で スクスクと成長しているのはありがたいことだ。
昨年末に「コンニャク」作りをし、今年のお節料理に仲間入りしたのは嬉しいことだ。歯ごたえもあり美味しい!!。

現在植わっている冬野菜や「エンドウ」「ソラマメ」の成長ともう直ぐ植える「ジャガイモ」から夏野菜と、四季折々の 家庭菜園を楽しんで行きたいものだ。









    
FC2 キャッシング 掲示板 無料ホームページ