沖永良部島(印象編)

国土地理院では「おきのえらぶ」となっているようだが、島では「おきえらぶ」と読む方が多いらしい。但し、ふつうは単に「エラブ」と呼ぶので会話で聞くことは少ない。


いきさつ

 2004-2005年末年始の旅行先に沖永良部島を選んだ。以前から気になっていた島なのだが、やっと行く機会が巡ってきた。

 99年の南九州旅行の時に買った『るるぶ鹿児島』には、鍾乳洞があって海産物が美味しそうで、フローラルホテルという廉価で設備の調った国民宿舎があり、入浴施設が付いているというようなことが書かれていた。家内は以前から『島』に行ってみたいと言ってたし、私も大学の時に沖縄、石垣、西表、与那国を訪れ、帰りには島伝いに大阪まで帰りたいと思っていた(台風が接近したので断念)ほどだから基本的に島旅が好きである。ただ、一般に離島は宿泊施設が民宿程度のところが多く、私一人なら良いが家内を連れていくのは不安があった。そんな中、ちゃんとしてそうなホテルを廉価で提供している沖永良部は二人での旅行に適当な『島』だったのだ。まあ、条件が調っている島は他にもあるので、やはり最終的には旅行者としてのカンで決めたことになると思う。私が洞窟好きなので、沖永良部に行くべき『理由』も用意できた。

 しかし、ここは何と言っても交通費が高い。船だと安いが時間がかかるし、しかも年末は海が荒れやすい(*1)。飛行機は大阪からの直行便が無いため、距離と逆転して沖縄本島よりも高く(*2)、さらに宮古島や石垣島より高額な費用がかかってしまうのだ。海外旅行を断念して国内にした2003年末は無難な選択で石垣・竹富島にした。八重山の海の美しさや竹富島の町並みは見れば分かるので説明する必要が無い。

 さて、2004年末。元旦の割引運賃を利用して石垣島に行った昨年より、日程的には一層きつくなった。海外旅行は費用が暴騰する期間だし、石垣・宮古といった先島へ行くには往復とも正規運賃となる。それなら、かねてから検討していた沖永良部もあまり変わらない(*3)ので、一丁行ってみるか!となった。まあ、なったというか家内にそういう風に話を持っていって、ご了承いただいたというところか。(*4)

 所詮国内旅行なので、個人旅行ながら海外に比べたら手配は楽なものだ。10月中に宿の手配も完了し、飛行機の予約も済ませた。

 家内と話(島唄の話だったか?)をしているときに、奄美に同級生がいるという。奄美大島らしいが『奄美大島のどこ?』と訊ねると『なんか知る名前の名で何と読むんやろ』『えっ?それって知名(ちな)町やん。奄美大島やなくて沖永良部。俺らが行く所やで。どれどれ、知名町○○。これ泊まるホテルのあるあたりや。たぶん近所、しかもきっと歩いて来れる距離やで!』

 家内が間違うのも無理は無い。鹿児島県「大島郡」知名町なので、奄美群島の島名と町名の関係(*5)を知らないと、奄美大島だと思うのが普通であろう。

 そういうわけで、旅行の目的に家内の友人を訪ねるというのが加わった。どうも行く前から何か縁のありそうな島である。

(*1)この時期は北西季節風で荒れ易い。大晦日は大荒れでした。

(*2)実は大阪から直行便が飛ぶ奄美大島でさえ沖縄那覇よりも高い。割引運賃だけでなく普通運賃でも。

(*3)値段は同じくらいだが、沖永良部の方が那覇経由の周遊型にする楽しみがある。個人旅行の場合、先島は乗継ぐと高くつく。

(*4)私の方から具体的に場所を指定するのは珍しい

(*5)沖永良部島と徳之島は1島2町で島名≠町名。奄美大島も多くの市町村に分かれている。喜界島と与論島は島名=町名である。


YS-11に乗って

 ピーク時の大阪から沖永良部への行き方を研究した結果、チケット屋で株主優待券を入手して那覇までの航空券を普通運賃の半額で購入し、那覇からはエアードルフィンで飛ぶのが最も安いという結論に達した。ただし往路は乗継が不安(エアードルフィンは原則的に他社と連絡しないと思う)なのと、待ち時間が中途半端なため鹿児島経由とした。値段的には大差ない。要するにどう行こうが高いということだ。ツアーに入ってもあまり差は無く、むしろ自由に日程が組める完全個人旅行の方が良い。

 鹿児島までは黒澤明デザインのMD-90。綺麗な塗色だが、もう少しでパッとしない新JAL統一デザインに塗りつぶされるのであろう。で、混雑のせいか15分ほど遅れて鹿児島に到着。乗継ぎカウンターでは沖永良部行きの搭乗口が何度も変わるため、わざわざ電話で確認してくれたが、結局もう一度変わった。どうせバス搭乗なので、使う改札機の問題なんでしょうけど。

 この鹿児島→沖永良部はトカラ列島から奄美諸島の島々の上を飛ぶフライトである。引退間近いプロペラ機YS-11なので比較的低空、島が見える高度で飛ぶはずなので楽しみであった。家内は『寝る』と言ってるので私が窓側の席に座ることができた。

 強い北風が吹く寒い日であった。YS-11は機首を上げたところでいきなり激しくヨーイング!(尻振り揺れ)離陸して高度を上げると南西に機首を向けるため180°ターンするが北風を横からくらうのでなかなかよく揺れる。前の座席にゲロ袋が5枚も入っている理由に納得。

 しかし、その後は安定。左手に桜島を望み、薩摩半島を南西に越えてゆき、洋上に出てしばらくすると滑走路のある火山島が見えた。港付近の海水は赤茶色に染まっている。薩摩硫黄島(右写真)だ。

 次いで遠くに口永良部島らしき島影。残念ながら半分以上雲の下だ。次いで真下に口之島。これも見えたと思ったらほとんど雲に覆われていた。しばらく雲続きで活火山の諏訪之瀬島が拝めずがっくりしてたが、遠くに奄美大島と加計呂麻島らしき姿が、そして手前に徳之島が広がってきた。思ってたより山の多い島。海岸線も崖になっているところが多いようだ。高度を下げはじめたせいか、ここで雲に入って上下に揺れ、またアナウンス「ご気分のすぐれない方は、前の座席のポケットに〜」。


 さて、雲を抜け左手に虹(右写真)が見えた。そして右手に沖永良部が見えてきた。砂浜はあまり無い。海岸線は珊瑚礁のリーフで、幅は狭めだが侵食された石灰岩が並んでいる。陸地は丘陵状で一面農地が広がり、民家が散在。そしてUターンして高度をさらに下げ空港へ。島の北東端に張り付けた様な滑走路。横風が強いようだが、意外に大きく揺れることなく無事着陸。降機を待っていると親子連れの会話、「帰りもこの飛行機に乗るの、お父さん」「そうだよ」不安げな子供の声に、覚悟を決めろと返す父。


沖永良部沖では雲間から洩れ日が差してきた。

着陸直前のYS-11から見た沖永良部島。台地状で畑が広がっている。

沖永良部空港に到着したYS-11。

沖永良部空港。ターミナル入口では荷物受取で、ターミナル内では出迎えの人々で混雑していた。

 歩いてターミナルに入ろうとすると、入口付近に人だかり。ターミナルに入る前に荷物を受け取るようだ。しかし場所が狭いので、意外な混雑。まずスーツケース等大型荷物がフォークリフトで、やがてその他の荷物がトラックでやってきて手渡し。ターミナル入口で荷物確認。なぜかターミナル内も混んでいたので、よく見ると出迎える人々の群集であった。島を離れた親族の帰省を心待ちにしていたんだろう。心暖まる帰省の風景だった。

 我々はフローラルホテルの送迎バスに乗り込んだが「寒い!」。宿泊客の荷物積み込みのため後ろを開けているので、北風が吹き込んでくる。てっきり暖かいものとタカをくくっていたら、大阪並みの格好でちょうどいい位なのであった。



フローラルホテル

 さて、台湾北部の野柳のような奇岩が海に浮かぶウジジ浜の傍を過ぎ、国民宿舎おきえらぶフローラルホテル着。昨年末に泊まった石垣島のホテルはピーク時に宿泊料金がいきなり倍になるという恐ろしい設定だったが、ここは設置者が町の3セクのようで、平常期と同じ良心的な値段である。しかも共済の関係で割引になり申し訳ない(しかししっかり権利は行使した)くらいであった。

 部屋は少々古くなっているところもあるが、広く清潔で申し分なし。室内に冷蔵庫が無いがその分以上に安いので、文句を言ったらバチがあたる。なお、飲み物の自動販売機は館外と同じ値段。

 ツインの部屋は海側だが、バルコニー等がなく、転落防止のためか窓もあまり開かない。オーシャンビューといっても港なので、リゾートを期待し過ぎないように。でも夜は月がきれいだったな。

 隣のフローラル館のサウナ付き大浴場(水曜休み)の券が貰える。温泉と書かれているサイトもあるが、よくある人工温泉なので過剰に期待しないように。またホテルの5階に展望浴場があるが、ちょっと大きめの民宿の風呂と思って下さい。眺めは確かに良いので、それ目的でどうぞ。(但し、外からよく見えるらしいので注意)



知名の町

 沖永良部は和泊町と知名町の2町に分かれている。空港や港がある和泊の方が賑やかだが、知名町も地元スーパーが隣接して2軒、他にAコープが1軒、コンビニが2軒、お好み焼き屋が2軒あるという、ちゃんとした町である。知名町のサイトの掲示板に、知名町民の多くも和泊に買い物に行くとかいろいろ書かれていたので、寂れているのでは?と危惧していたのだが、本土の地方都市や町村部の多くが寂れ、商店街はシャッター街になっているのに対して、知名町は確かに空き店鋪がそこそこあるものの、まだまだ活気がある。ただ車社会のため、今後商店が駐車場を確保しやすい郊外へと移っていくことはあるかもしれない。

 観光客はあまり多くないように思えるが、土産物屋はフローラルホテル内を含めると3軒もある。上記隣接したスーパーの間に1軒(原田みやげ店)あるのだが、閉店時間が早いようなので中は見ていない。それにホテル内と、あと1軒(池上商事)は郵便局横にあって、「元旦は開いてますか」と尋ねると、「一応閉める予定だけど、電話呉れたら開けときますよ」とのことでした。融通が利いて良いのだが、どうも島全体で『不定休』の傾向がある。電話確認必須か?

 なお、1月2・3日に多くの店が「初売り」で店鋪を開ける(*1)が、その後6日くらいまで休む店が多いので要注意だそうだ。

(*1)年末年始の帰省期間中に成人式・駅伝大会・〜歳の会(島出身の年男・年女のうち36歳・48歳が必ず集まるそうだ)・法事など集中することもあると思う。特に1月2日は貸しきり営業が多い。

南の島のノッポ 知名郵便局の横にある土産店「池上商事」のオーナーのウェブサイト。


沖永良部の海と空

 初めに断っておくが、絵に書いた様なビーチや広いリーフを期待するなら、先島つまり、石垣島を中心とする八重山諸島か宮古列島、奄美諸島ならば与論島に行くべきである。沖永良部ではビーチは海岸線が凹んだ部分に限られ、他の海岸は岩場となっている。リーフの幅も狭いので波が海岸まで到達し、隆起サンゴでできた島は激しく侵食を受けている。その典型的な例が潮吹き穴のフーチャやウジジ浜であるが、他の海岸も岩が侵食されて生け花の剣山のようになっている所(下写真)が多い。これは逆に沖縄ではあまり見かけない風景だ。

知名漁港東側の海岸。

 このような特徴は、島の地形、特に断面が「お椀を伏せた様な」形になっているからだと思う。知名町にある大山は山頂が平らで、なおかつ植物公園になっているため、最高峰であるにもかかわらず眺望が開けない。一方海岸線に近い知名町の中心部は急斜面に立地しており、島で一番狭い所になぜか人が密集しているのだが、これは海岸も急斜面=近深で港を作り易かったからだろう。他の場所も比較的近深なために広いリーフが発達せず、台風や季節風で塩害や波・高潮の被害に遭い易く、一方船を着けるには都合が良かったのではないかと思われる。


 家内の同級生Uさんから「島に赴任してきた教師から『沖永良部は雲がきれい』だと聞かされた」と伺った。確かに島に着いた翌日、自転車で田皆岬へ向かう道で、西側に広がる海と雲の様を我々も美しいと思った。不安定な気候の中、毎日のように見える虹や、徳之島の近くに見えた竜巻など、変化していく空を見ているだけで飽きない(ぐらい天気が変わりました!)のだった。

 しかし、沖縄本島とそんなに離れているわけでもなし、気候がさほど違うはずもない沖永良部が、沖縄と比べて「雲がきれい」だと言えるのだろうか。私は一応理科(専門は化学だが)の教員なので、あまり感傷や非科学的なことを語るのも憚られる。空自体が違うわけがないのであるが、検討してみた結果「空や雲がきれいに見える」ことはあるかもしれないという結論に達した。

 島の「お椀を伏せた様な」断面は、すなわち島のほとんどの場所から眺望が開けることを意味している。山が険しければその山が視界を遮り、逆に平らな島であれば木々や建物が視界を遮る。しかし沖永良部は高い山も無く、かといって平らでもない、海に浮かぶ丘陵の様な地形である。特に東半分の和泊町では土地のほとんどが緩やかな斜面の畑作地で、森林も少なく建物も平屋が多くて3階建て以上は数少ない。ふと視線を遠くにやると、水平線をわずかに見下ろしその上には大気汚染とは無縁の澄んだ空が広がっている。

 「お椀」の断面でわかりにくければ、カマボコに例えてみるとよい。眺望が開けるだけでなく、カマボコの上からはカマボコ板は見えない。沖永良部も海岸線が見える所は少ないので、どうしても「空」が主、「海」が従になってしまう。したがって人々の視線が自然と「空」に向く地形や環境であるというのが私の推論である。

 そういうわけで空や雲がきれいに見える沖永良部島。我々のように虹やその他いろいろが見えるのは「大荒れ」の証拠なのでお勧めできるものではないが、島のどこでも空が開けるのでちょっと視線を見上げて雲の形や空の色の微妙な変化を楽しんでみてくださいな。

田皆岬から西の空を望む

感覚が揺れる境界線

 沖永良部、特にスーパーで買い物をしている時などに不思議な感覚を覚えた。「えっ、今自分はどこにいるんだっけ?」

 沖縄であれば「ああ、ここは沖縄だな。」と感じることが多く、本土なら多少の土地柄はあるものの何の違和感も覚えないであろう。それがここ沖永良部では実に微妙なものになる。琉球と薩摩の間を揺れ動いた歴史の成すものなのか、琉球と日本、薩摩、そして奄美といった地域性が混在し、なおかつ島独自のものもあって自分の居る位置というものが感覚的につかめなくなるのである。

 例えばスーパーの品揃えは本土と大して変わらない。(*1)しかし、肉類がやたら大容量パックであったり、活伊勢海老が鮮魚コーナーに鎮座してたり、黒糖の大袋詰がスーパーに多量に置かれてたり。酒のコーナーで黒糖焼酎が奄美を感じさせれば、その一方で日本酒も置かれていたりする。沖縄だと圧倒的に泡盛なのだが、ここでは混在しているようである。

 年が明けると鳥居をくぐって神社へ初詣。(*2)民謡は琉球音階。墓も墓石、墓石+納骨堂、納骨堂のみと様々。納骨堂は沖縄の亀甲墓を思わせるが、あのような曲線的な形じゃないし、大きさも小さい。

 桜島小ミカンを2度も別の方から貰ったのは薩摩との人の往来があるからだし、アンダーギーがあるのは琉球の食文化。さしみ屋があるのは沖縄と同じだが、ソバ(沖縄ソバ)屋はなく(*3)代わりに焼きソバ屋がある。(*4)

 日本は海に囲まれているので、たいてい海をこえると突如として異文化世界になるのだが、南西諸島ではヤマト文化〜奄美文化〜琉球文化(〜中国文化)と島伝いに少しずつ変化し、その境界となる島々では混在した形で存在する。沖永良部はその典型的な例。飛行機で一気に沖縄に行ってしまうと、明確な文化の違いを認識できるのだが、中間地に居ると実に危うい揺れる様な感覚で本当に軽い「乗り物酔い」(*5)のような気分になった。この感覚の混乱が今回の旅行での一番貴重な経験だった。

(*1)沖縄の地元スーパーや雑貨店は独特の雰囲気と品揃えで明らかな異文化空間である。

(*2)沖縄では神社はあまり見られない。

(*3)和泊にはあるかも。少なくとも知名にはなかった。

(*4)島の人が本土に出る場合は京阪神が多いようだ。沖永良部は結構大阪文化圏である。

(*5)頭の中で地図を作りながら行動する習性があるため、認識が狂うと位置感覚に変調をきたすようである。道には迷いにくいのだが...


エアードルフィン

 さて、沖永良部を発つ時が来た。空港までUさんに送ってもらい、喫茶室で飛行機を待つ。大阪の沖縄ツーリストで購入した「航空券の引換券」(*1)には1時間前に来いと書いてあるが、30分前で十分とのこと。

 この会社、時刻表のどこを探しても載っていない。基本的にチャーター便の会社なのだが、沖縄ツーリスト主催旅行の形で那覇=沖永良部間を運行しているらしい。要するにスキーバスと同じやり方である。飛行機は9人乗りの小型機。BN-2Aアイランダーというやつで、1名は副操縦席に乗ることになる。

 やがて沖縄から飛んできた飛行機が到着。操縦士が荷物を降ろして乗客に手渡し、それからロビーで那覇行きの乗客が集合。操縦士に「引換券」を渡して、手荷物検査。「いやだー、エラブに残るう。あの飛行機ヤダー、お耳が痛くなるよお!」と泣叫ぶ子供を父親は黙って小脇に抱え、無事全員が通ったのを確認してから、操縦士が「じゃいきましょうか」。荷物を操縦士に手渡して荷物室に入れてもらい、全員(9名)が乗り込みドアを閉めるとエンジンスタート。子供は泣きつかれたのか観念したのか乗り込んだらおとなしく(くたばってたが)してました。結局地上係員の仕事は手荷物検査のみ。徹底した「ワンマン」飛行機です。

 まずゲロ袋のご案内。思わず確かめてしまいました。大晦日の沖永良部到着時は強風で思いっきり振られてたのが見えましたから。滑走路の端でひょいと180°向きを変え、中心線なんてあんまり気にせずに滑走、離陸。国頭岬を旋回中にまた虹!ほんとにこの島は最初から最後まで虹、虹、虹でしたね。フーチャ上空から知名沖を通過。洋上に出ると速度が遅いため、止まっているような錯覚を覚えます。


 与論島の南側を通過。広い砂浜とリーフが美しい。(右写真)

 沖縄本島の太平洋側、ちょうどリーフの端あたりをかすめるように飛ぶ。海中道路を過ぎて東方から那覇市上空へ。首里城を右にみたあたりで左ターンし、那覇空港に南からアプローチ。ジェット機のように大きく回り込むことなく、滑走路手前でひょいっと進路を変えフラップを降ろして減速し、幅広で長〜い滑走路に余裕余裕で着陸。ほとんどフライトシミュレータの世界。他の旅客機と違って海側の駐機場所に到着。乗客はマイクロバスへ、荷物は操縦士・整備士が協力してバス後部に積み込み。

 整備士が運転、操縦士も乗ってバスは滑走路端→ターミナル前を通過。操縦士がフェンスの鍵を開け、そのままバスは空港ターミナル横に到着。ターミナルに入ると沖縄ツーリストの支店がありましたから、乗るときもここからなのでしょう。

 思ったほど揺れも無く、楽しいフライトでした。

 この飛行機、進行方向右扉から前の4人(2,3列目)、左扉から後ろの4人(4,5列目)が乗り込む構造ですが、座席は2ドア自家用車のように前席を前に倒す構造になっており、後席は窓の位置が悪いので、左右どちらもあとから乗り込む方が正解です。もちろん一人なら副操縦席がイチ押しですけどね。あと、与圧していないためすきま風があります。結構寒いので上着必須。

 結構混んでますので予約はお早めに。

(*1)事実上のチケットでした


観光と沖永良部島の魅力

 「観光にあまり力を入れていないので整備もされず、観光客が少ない」「宣伝が下手」というのが島の人の共通認識(*1)のようである。まあ現状の観光客の少なさから観光業が重視されないのは仕方のないことだと思う。この島は農業の島であり、フーチャの例に見られるように観光か農業かの選択では農業を取ることになる。どうしたって農業の損失分を補うだけの観光収入なんて現状では得られないのだから仕方がないことである。

 しかしあの小浜島に観光客がわんさかと押し掛ける様子を見ると、沖永良部の方がよっぽど見どころはあるのにな〜とか思ってしまうのも事実である。でも、ここを舞台にしたドラマとか映画が大ヒットするというような幸運を待っていても仕方が無い。

 この島の観光は交通費の高額さが最大のネックである。同じ旅費で競争相手が沖縄本島程度なら勝ち目もあるだろうが、広大な珊瑚礁やビーチを誇る八重山諸島や宮古島が相手となるとさすがにちょっとキツい。航空運賃の高さはJAC独占であることに起因するのだろうが、そもそもJACはJAL系であっても鹿児島県が出資する第3セクターであり、他社が競争するほどの需要も無いと思われる。

 そこで消極的ではあるが「あまり金のかからない宣伝」を地道に続けることしかないのではないかと思う。合併話が折り合わなかった和泊町と知名町であるが、観光では一体化してやらないと効率が悪い。現状では島全体のWebは個人の方が作成しているものだけで、町や商工会のページは完全に別。旅行者としては使いづらいだけなので、是非とも協力していただきたいものである。

 今回の沖永良部島に対する感想なのだが、一言ではいいづらい。とっても印象的だったのだが、それが何かと問われても返事に困る。昇竜洞もフーチャも良かったのだが、ではそれが沖永良部の一番の魅力かというと違う気がする。島のコピーは「花の島」というところが一般的だが、私達の訪れた年末年始はあまり花のない時期であった。

 これもまた島の人の共通意見であるが「人はいい」「人は親切」。これは事実であると思う。「人情」という言葉もどこかで見た気がするが、そんなベタベタで演歌チックな感じでは無く、人々の会話や表情の中に明るさやゆとりが感じられ、観光客でもまだまだ「お客さん」と見てもらえるホスピタリティーが残っているように感じられる。また「農業の島なのでのんびりしている」という話で、時間の流れが緩やかで追われる感じが無いと感想を述べたら、「あー、確かにそれは全然ない」ということだった。

 今回印象に残った出来事は、田皆岬で軽トラに乗った老夫婦が犬の散歩をさせていて、その様子がまるで「犬が軽トラを引っ張っている」様だったことと、知名の町でおじいさんが原付で時速5km位(杖代わりか?)で走っていて、さすがの低速に馴れている(車の流れは時速35km位)島の車もクラクションを鳴らしていたこと。ここは沖縄本島あたりよりよっぽど「癒しの島」であることは間違い無い。

 これは茶化してるのでも何でも無く、国内でそういう良い意味での素朴さやのどかさ、大らかさを残した地域がどんどん失われてきており(*2)、沖縄のように「癒しの島」(*3)の看板を掲げながら、空港からリゾートホテルに直行し、話題のスポットを短時間で回るだけ(*4)という勘違いなツアーが横行する所に比べ、沖永良部は人々の生活の中に自然と心をリラックスさせてくれるものがあるということだ。

 なお、食物編でも書いたように食べ物、特に魚に関しては八重山あたりより美味しいと思うので、ちょっと長いめに滞在しゆっくりするには良い所である。時間があれば船で訪れるのも良い。交通費の高額さが問題と書いたが、本当の問題は飛行機で往復して観光地めぐりをして土産買ってすぐ帰るという日本人の休暇の短さなのかもしれない。

 なお、我々が発つ2004年の末頃に出生率日本一の多産の島(*5)として沖永良部島が紹介されていた。今後そういう方面で取り上げられる機会は増えるかもしれない。老人が多いが高校生までの年齢層も多いので町にまだ活気が残されているのだろう。旅行者ではない島の人にとっての問題点は娯楽の少なさのようである。(正月にはパチンコ屋が満員で駐車場から車があふれていた)

(*1)一方で「あまり見る所もない」という認識もあるようです。私は見所が多い方の島だとは思いますが、確かに整備はあまりされていません。でも本当はそれがいいんですけどねえ。なお高校を卒業してから一旦島を出た人が多いので、島の人自身による島の評価は客観的で結構正確だと思います。

(*2)国内の多くの地方で、マスメディアや流通の発達による地域性の消失、過疎による地域社会の崩壊で、田舎の良さが失われてただの不便な土地になりつつある。

(*3)沖縄にも癒される部分が多数あるがツアーでいく所では無い。

(*4)竹富島のバスツアーなんて何しに来たのだかわからない。

(*5)この旅行の翌年、家内の友人と家内の2人が共に懐妊。詳しくは観光編の越山のところで。


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