2012 牧師室より
2011年 牧師室より
2010年 牧師室より
2009年 牧師室より
2008年 牧師室より
| No.976 | チャールス・ウェスレー | レインボーNO.976 2012/5/20・27 |
| No.975 | 本間俊平 | レインボーNO.975 2012/5/6・13 |
| No.974 | 仰ぎ見て生きよ | レインボーNO.974 2012/4/22・29 |
| No.973 | キリストの復活 | レインボーNO.973 2012/4/8・15 |
| No.972 | キリストの尊い血 | レインボーNO.972 2012/3/25・4/1 |
| No.971 | 主への賛歌 | レインボーNO.971 2012/3/11・18 |
| No.970 | 十字架を忍ぶ教会 | レインボーNO.970 2012/2/26・3/4 |
| No.969 | 四つの福音書 | レインボーNO.969 2012/2/12・19 |
| No.968 | 決して捨てない主 | レインボーNO.968 2012/1/29・2/5 |
| No.967 | 神の愚かさ | レインボーNO.967 2012/1/15・22 |
| No.966 | 主からの助け | レインボーNO.966 2012/1/1・8 |
“息のあるものはみな、主をほめたたえよ。ハレルヤ。”(詩篇150:6)
新聖歌にはチャールス・ウェスレー(1707〜1788)の作詞によるものが11曲含まれています。(以下の文は、園部治夫著「愛唱聖歌詞100選」教会音楽研究会を参考にしました。)
特に310番<愛するイエスよ>は、チャールスの数ある聖歌中で最も優れ、無数の人々に感動を与えたものです。
作詞されたのは、1739年、チャールス30才の時でした。彼は、当時まだ英国の植民地であったアメリカのジョージア州の書記官となりましたが、事志に反したので、職を去り、荒い風波を冒して国へ帰ったのは、ついその1年程前で、当時の苦い経験はまだ記憶に新しいものでした。歌の中にあるあらしの海の想い出は、このためであろうと言われています。
米国の名説教家ビーチャムが、「地上に君臨した全ての王の名誉を獲得するよりも、この1篇の聖歌の作者になりたい」と言った言葉は余りにも有名でした。この歌こそは、チャールス・ウェスレーの単純な信仰を最もよく言い表したものです。この単純な信仰――キリストに対する絶対の信頼――があったればこそ、詩人クーパーの口を通して、「ニネベ、バビロン、また滅亡寸前のローマ」と嘆かせた18世紀英国の危殆(たい)は救われたのです。
新聖歌79番<天には栄え>は、世界の四大英語聖歌の一つにあげられています。また、153番<言葉のかぎりに>は、メソジスト聖歌中の最大の傑作と言われています。
またチャールスの信仰の師ピーター・ベーラーの言葉「もし私が1000枚の舌を持っていたなら、私はその全ての舌をもって主をさんびしたい」という信仰を受け継ぎ、病の中に救いの体験を得て歌ったものとされています。英語の歌い出しは、O for a thousand tangues と、1000枚の舌という表現がでてきます。
チャールス・ウェスレーの聖歌は、兄ジョンと共にメソジスト運動に欠くことの出来ない役割を果たしました。
チャールスはモラビア派敬虔主義の強い感化を受け、1738年確然たる救いの体験を得ました。それから祖国英国の信仰復興運動に兄弟力を合わせて専念することになりました。
兄ジョンは説教と伝道に力を注ぎ、また組会(小グループ)をつくり力強い信徒を養成していきました。弟チャールスは、キリスト教神学の全体を、数多くの聖歌で表現し、詩の形で説教したとも言えます。私たちも言葉のかぎり主をほめたたえましょう。
“こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と、希望と、愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。”
(Tコリント13:13)
本間俊平(1872〜1948)という方の名前をはじめて聞いたのは、青年時代でした。母教会の牧師が説教の中で、本間俊平という方が神の愛を頂いて、人を動かしたということを語られました。
尾山令仁著「憎しみを愛に」(新生宣教団)という本の中にもその話がありましたので、以下要約して紹介します。
―― 1900年代に山口県の秋吉台で大理石の採掘をしていた本間俊平という人がおりました。初めのうちはキリスト教を妨害していましたが、後にクリスチャンとなり、秋吉台で刑余者と生活を共にしながら、彼らを導いておりました。…その中に、相川勝治という乱暴な男がおりました。…
本間俊平は、彼を七、八人の青年の小頭として、大理石の切り出しをさせました。ところが、相川は予想以上のわがまま者で、ほとほと困ってしまったほどでした。…
ところが、相川の下で働いている一人の青年が、強情の点では彼よりも上手で、彼の言うことに従わないために、相川は、本間こよ子夫人に、「あいつを追い出してください」と何度も訴えました。しかし、夫人はどうしても聞き入れないので、相川は怒り出し、「これだけ言っても聞いてくれないなら、あなたを殺して、俺も死ぬ」と怒鳴りながら、隠し持っていた石切のみを取り出して、夫人の左腕に斬りつけました。
夫人は少しも騒がず、血潮のほとばしる左腕を右手で押さえながら、「神様。どうか相川を許してやってください」と祈るばかりでした。相川はただブルブルと震えているところを物音を聞きつけて来た人々に取り押さえられてしまいました。
そうしているところに、こよ子夫人の夫、本間俊平が帰って来、この有様を見ると、相川の前に手を付いて、こう言いました。「お前が殺したいほど憎かったのは、このおれだろう。相川、どうか許してくれ。さあ、家内を早く医者のところへ連れて行ってくれ」
このとき以来、相川は心から悔い改め、真人間となり、後に本間俊平の下を去り、自分も同じように刑余者の面倒を見るようになりました。本間俊平夫妻の命がけの愛が、この箸にも棒にもかからなかった男、相川勝治を変えたのです。神の愛は人を変えるのです。――
どんな人でも神の愛が本当にわかると、その人の人生は変わります。相川勝治だけでなく、私も、神の愛によって変えられました。聖書の教えるこの神の愛を、十字架のキリストを宣べ伝えましょう。
“主はモーセに仰せられた。「あなたは燃える蛇を作り、それを旗ざおの上につけよ。すべてかまれた者は、それを仰ぎ見れば、生きる。」” (民数21:8)
私は大阪一麦教会で青春時代を過ごしました。N姉という熱心な方が、路傍伝道で「仰げ、仰げ」と賛美されていたのが、とても印象的でした(新聖歌281番)。N姉は目が悪くなり、人生に絶望されたのがきっかけで、教会に導かれ、主を仰ぎ見て救われたのです。
民数記21章の「青銅の蛇」のところから、スポルジョンは次のように記しています。
――― これは栄光ある福音の型ではないか。咎ある者と共におられたイエスは、十字架につけられた。彼を仰ぎ見れば、罪という蛇にかまれた傷はいやされる。しかも、ただちに。
自分の罪深さを嘆き悲しむ人よ。「それを仰ぎ見れば、生きる。」に注目せよ。仰ぎ見る人はすべて、このことが真実であることを知る。私もイエスを仰ぎ見て、ただちにいやされた。
友よ。あなたがイエスを仰ぎ見るなら、あなたも生きるようになる。あなたの体は蛇の猛毒によって腫れ上がり、もはや望みはないと思っているだろうか。しかし、確実な望みが一つだけある。しかもそれは、決して疑わしい治療法ではない。「すべてかまれた者は、それを仰ぎ見れば、生きる。」と書いてあるのだから。
この青銅の蛇は、健康な人たちの好奇心を満たすため旗ざおの上に付けられたのではない。蛇に「かまれた」人が見るという、特別の目的があったのだ。イエスは罪人のための正真正銘の救い主として死なれたのである。―――
(参考 スポルジョン「主の約束は朝ごとに」いのちのことば社)
N姉やスポルジョンだけではありません。私も十字架の主イエスを仰ぎ見たとき、救われました。あなたも、主イエスを仰ぎ見るなら、救われ、真に生きることができるのです。
“話し合ったり、論じ合ったりしているうちに、イエスご自身が近づいて、彼らとともに道を歩いておられた。”(ルカ24:15)
復活されたキリストは、エマオの村に行くふたりの弟子に近づき、語られます。そのところをマルティン・ルターは次のように説教しています。
――― 復活に関する記述を信ずるにあたっては二つの困難があります。一つはそのこと自体が圧倒的なので、現在のこの生の中において、わたしたちには十分にそれが理解できないと言うことです。たとえ信仰が強くても、人間的弱さがなくても。
しかしじっさいにはわたしたちにはまさに弱さがあるのです。これが第二の困難です。第一の困難は神にも減ずることがおできになりません。復活という神のみわざは大いなるものであり、つねにそうあるべきものであって、それから何かが取り去られることはありえません。
これは神の御力そのものであって、その前にはすべての被造物――人間も、天使も、悪魔も――また地獄も、おそれおののき、敗北するでしょう。そうでなかったら、わたしたちはいつまでも神の永遠の怒りと、罪と死のもとにとどまらなければならないでしょうから。
しかし第二の困難については――すなわちわたしたちの人間的な弱さのゆえに復活という大いなるわざと力を信仰において理解することができないということについては、神は大目に見て、忍耐してくださいます。キリストは、主の復活について聞きながら疑いをもち、キリストご自身にそのことについて問うた弟子たちに対して、あくまでも忍耐強くありたまいました。・・・
キリストはこの弱い信仰の二人の弟子に対し、何かとこまやかな心づかいをもってご自身をあきらかにしていらっしゃることでしょう。主はその弱さを助け、信仰を強めようと、あらゆることをなさっています。
・・・主は疑いと苦しみの中に彼らを残しておくことを望まれず、かれらを助けようとなさいました。だから、途中でかれらの道づれになられたのです。―――
(参考「イースター・ブック」マルティン・ルター,R.ベイトン編 新教出版社)
復活されたキリストは、今日も、疑いと苦しみの中にある私たちと共におられ、人生の道づれ、同伴者となり、励まし、守ってくださるのです。
“傷もなく汚れもない小羊のようなキリストの、尊い血によったのです。” (Tペテロ1:19)
受難週が近づいて来ました。主の十字架をもう一度思い巡らしましょう。説教者スポルジョンは、キリストの尊い血について次のように記しています。
――― 十字架の下に立ち、尊い紅の血潮したたる両手両足とその脇腹を見よ。その御血潮の尊いのは贖罪の効力があるためであり、それにより民の罪はあがなわれ、律法の下から解き放たれ、神と和解させられて一つにされるからである。
また、御血潮はきよめる力を持つ。‥‥信者はキリストの御血によりきよめられ、一点のしみもしわもまたそのたぐいもとどめない。
おお私たちをきよめ、多くの不法の汚点を取り去る尊い血よ。方法をつくして神に逆らいし私たちを、愛する御子により神の御前に受け入れられるものとする血よ!
その血はまた、信仰を持続させる力を持つゆえに尊い。血が注がれるゆえに破壊の天使から免れ得る。神が私たちをみのがしたもう真の理由は、その血を見られるためであることをおぼえよ。
信仰の目のかすむ時ここに慰めがある。それは神の目は常に変わらぬからである。
また、キリストの血の尊いのは聖化の感化力のゆえである。罪を取り去り義とするその血が、新しい性質を躍動させ、また導き、罪を征服せしめ、神の命令に服従させる。キリストの血管より流れ出る血ほど聖潔への大いなる原動力はない。
さらにキリストの血が言葉に尽くせぬほど尊いのは、罪に打ち勝たしむる力のゆえである。 ―――
(スポルジョン「朝ごとに夕ごとに」いのちのことば社)
キリストの尊い血にどのようなすばらしい働きがあるかを、みことばからじっくりと味わいましょう。私たちを罪よりきよめ(Tヨハネ1:7)、義とし(ローマ5:9)、生ける神に仕える者として(ヘブル9:14)サタンに勝利させる働きがあります。(黙示12:11)。
“詩と賛美と霊の歌とをもって、互いに語り、主に向かって、心から歌い、また賛美しなさい。” (エペソ5:19)
新聖歌の中には、アイザック・ウォッツ(1674〜1748)の聖歌が9篇入っています。ウォッツの作った歌は約600篇といわれています。
ウォッツが聖歌を作るに至ったのは、当時イギリスの教会の礼拝で用いられていた詩篇の訳に対して(当時は、詩篇歌が用いられていた)、彼自身はもちろん、一般の会衆も不満を抱いていたからです。教会員や彼の父から「もっとよい歌が書けるなら、作ってみたらどうだ」と、勧められたことが、きっかけとなったのです。
ウォッツの作った聖歌は、当時使用されていた詩篇の翻訳を修正したり、旧約聖書の詩に新約の香りを添えて訳し直したものが多いのです。たとえば、新聖歌297番「神はわが力」は、詩篇46篇をもとに作られています。
ウォッツの代表作であり、四大英語賛美歌の一つとされているのは、新聖歌117番「栄えの主イエスの」です。1707年作詞以来約300年の長きにわたり、これほど多く一般会衆に歌われたものは珍しいのです。園部治夫師は次のように記しておられます。
―― その詩は完璧な<型>を備え、また、その<質>は深い豊かな内容を整えており、しかも、キリスト教的実験に根ざして作りあげられたものである。
生きているものの目には呪いの十字架の理想を与えて、これを励まし、また、死に臨もうとしている者の目には、希望の十字架の幻影を与えて、これを慰めたのである。
神の栄光と権威と神聖に対するウォッツの畏敬の念が、この歌全体にみなぎり溢れている。ジョン・ウェスレーをして、「キリスト教徒を批評家にするのではなく、批評家をキリスト教徒にさせる」といわせた程大きな福音のメッセージとなっている。 ―― (参考 園部治夫著「愛唱 聖歌詞100選」教会音楽研究会)
新聖歌1番「いざ皆きたりて」は、主への喜びが素晴らしく表現され、106番「虫にも等しき」、115番「ああ主は誰がため」では、主の受難の意味が深く歌われています。私たちも歌詞をよく味わい、主への賛美をささげましょう。
“イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。” (ヘブル12:2)
紀元一世紀にキリスト教会が始まりました。ペテロや、パウロのような多くの働き人や殉教者たちによって、キリスト教は世界に宣べ伝えられていきました。
一世紀にも教会に対する迫害がありましたが、紀元二世紀には教会は迫害と受難の時代を通るのです。丸山忠孝師は、紀元二世紀の教会の姿を、十字架を忍びながらの歩みと表現しておられます。
十字架の福音への教会外からの反発は激しいものがありました。テルトゥリアヌスは『弁証論』(197年頃)の中で、次のように述べています。「もし(ローマの)テベル川の水位が市の城壁まで上がれば、もし(逆に、エジプトの)ナイル川が田畑を冠水するまで氾濫しなければ、もし天が雨を降らさなければ、もし地震や凶作や疫病が起これば、彼らはすぐさま『キリスト者どもをライオンの餌食に!!』と叫び出すのである。」
迫害の典型的なケースは、スミルナの老主教で、使徒ヨハネの弟子と自称したポリュカルポスでしょう。小アジアのフリギヤ地方で起きた迫害の時(155、6年)彼は捕らえられ、異教の祭りのためにスミルナの競技場に集まった群衆の前で、地方総督の審問を受けました。
主教の老齢に同情する総督は彼に背教を迫ります。
総督は「誓いをしたら、お前を解放しよう。キリストをののしれ。」
ポリュカルポスは「86年も私は彼のしもべでした。彼は私に対し何一つ悪いことなさらなかったのです。どうして私を救ってくださった王を冒涜できるでしょうか。」
総督「火刑にするぞ。」
ポリュカルポス「あなたは、ひと時しか燃え続かず、すぐ消えてしまう火で私を脅かすつもりですか。それは、あなたが、来るべき審判と永遠の処罰の折に邪悪な者を待ちかまえている火を知らないからです。」
この告白の後、彼は火刑により殉教していきました。
スミルナはこのように十字架を忍ぶ教会でしたが、もう一つの面も忘れてはなりません。すなわち、「私たちの信仰、これこそ、世に打ち勝った勝利です。」(Tヨハネ5:4)とあるように、世に勝利する教会の姿です。
四世紀にはついにキリスト教会はローマ帝国の公認宗教とされます。(313年のミラノの勅令)紀元500年頃までには、帝国内の大半はキリスト教徒となっていました。まさに、十字架の勝利でした。
(参考:丸山忠孝著「キリスト教会2000年」いのちのことば社)
“私たちの間ですでに確信されている出来事については、初めからの目撃者で、みことばに仕えるものとなった人々が、私たちに伝えたそのとおりを、多くの人が記事にまとめて書き上げようと、すでに試みておりますので、私も、すべてのことを初めから綿密に調べておりますから、あなたのために、順序を立てて書いて差し上げるのがよいと思います。尊敬するテオピロ殿。” (ルカ 1:1〜3)
ルカは、ローマ帝国の高官と思われる求道者テオピロに、正しい福音の信仰を伝えるためにこの福音書を書きました。
すでに、パウロの時代に、福音という用語で一定のキリスト教伝承が意味されていました。それは、キリストが旧約聖書の預言のとおり、死んで、よみがえり、証人たちに現れたことを中心としたものでした。(Tコリント15:1-3)
ペテロも、同じ福音を前々から宣教していました。(使徒2:22-36、3:12-26 その他)
福音書はすべて紀元60年以降のものばかりで、パウロの手紙の大半は、その前に書かれていました。福音書は、パウロの手紙にもられた深いキリスト教神学を前提にして書かれています。(参考 榊原康夫著「ルカの福音書」いのちのことば社)
では、なぜ四つも福音書があるのでしょうか。伊藤明生師の文章を引用します。
――― どうして四つも福音書が新約聖書にあるのでしょうか。四つの福音書(four gospels)があるのではなく、むしろ、決定版の福音書(the Gospel)がひとつあったほうが良かったと(無意識に)思う人もいるでしょう。
しかし、イエスには、一つの福音書では網羅しきれない豊かさがあるのです。「聖書は誤りなき神のみことば」であるという主張は、書かれた書物である聖書について言われることです。
四つある福音書はそれぞれ神の霊感を受けて書かれたものです。しかし、その四つをまとめて一つのイエスの生涯を復元したとしても、それは聖書と同等の権威を持つものとはなりません。人間が書いたものとしか見なされないのです。
マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネという四つの福音書があるおかげで、私たちはイエスの生涯を様々な視点から探ることができます。―――
(参考 伊藤明生著「新約聖書よもやま話」いのちのことば社)
四つの福音書が神より私たちを与えられていることに、感謝しましょう。主イエスさまをより立体的に、より豊かに理解するために、四つの福音書から教えられ続けましょう。
“わたしのところに来る者を、わたしは決して捨てません。” (ヨハネ 6:37)
となみ野聖書教会の横山幹雄牧師は、自分がどのようにして救われたかを次のように記しておられます。
――― 実は、イエス・キリストを信じたのは高校三年生の時でしたけれど、それからさらに十年ほど前に小学校三年の時まで、私たち兄弟六人は、日曜学校に行っていたのです。・・・ いよいよ両親の離婚が目の前に迫っていると感じるような大ゲンカの中で、私たち兄弟は家を飛び出して、日曜学校の先生の家へ駆け込んでいきました。そして、私たちは泣きながら、日曜学校の先生にしがみついたのです。
すると先生は、わたしたち六人をぎゅっと抱きしめて、お祈りしてくれました。何を祈ってくれたかはまるで覚えていないのですが、先生の胸のぬくもりは決して忘れることができません。
それからまもなく、両親は本当に離婚をし、兄弟のうち三人は母方に、三人は父方に分けられ、わたしは父方につけられました。しかし、父親はわたしを育てられないというので、祖父母の家に預けられました。
その頃から「わたしは親に捨てられた。私は要らない存在なんだ」と思うようになり、親への憎しみ、自殺願望にさいなまれる、そんな子ども時代を送るようになりました。
でも、そんな私にとって、たった一つ宝物ができたのです。それは、日曜学校の先生から届いた一枚の絵はがきでした。お祈りをしているサムエルが描かれた有名な絵の絵はがきに、こんな文章が書いてありました。
「みきちゃん、お元気ですか。寂しくありませんか。先生は、みきちゃんのこと、毎日イエス様にお祈りしていますからね。」
親から捨てられた、誰からも愛されていない、死んだほうがましだ、そんな私の心を支えたのは、この一枚のはがきでした。この方は、激しい伝道の末、二十九歳で亡くなってしまうのですが、この一人の伝道者に愛されたと言う経験が、私をクリスチャンへ、そして伝道者へと導いたのです。―――
(参考 2012年1〜3月「成長」CS成長センター)
主イエスさまは、私のところに来る者を決して捨てないと約束されました。私たちも、この方のもとにとどまりましょう。そして、この救い主イエスさまを大人にも、子どもにも宣べ伝えていきましょう。
“なぜなら、神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。” (Tコリント 1:25)
坂戸キリスト教会の村上宣道牧師はその著書の中で「神の愚かさ」について次のように記されておられます。
――― 「偉大なるバカたれ」とは、私が中学三年のころ、自分のモットーにしていた言葉です。・・・どうしてこんなモットーを考えるようになったかというと、それは当時、私が好んで読んでいた偉人伝や英雄伝から、自分なりに得た一つの結論だったようです。
「ほんとうに偉い人というのは、自分の損得を考えずに常識的な人からはバカに見られても、自分自身をほかの人のために投げ出せる人だ」というように考え、できればそういう意味での偉い人に自分もなりたいものだと思ったものでした。
そう思ってみると、トルストイの『イワンの馬鹿』とか、ドストエフスキーの『白痴』とか、遠藤周作の『おばかさん』などの作品があることを知り、それらの作品にある種の共感を覚えたりしたものです。
しかし、後で聖書を読むようになって、次の句に接したときに驚きを覚えました。
“神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからである。”(コリント人への第一の手紙1:25 口語訳)という言葉です。
神の大能であるとか、神の栄光、あるいは全能の神とかいうのならわかりますし、それらの言葉はまさに神にふさわしい形容です。しかし「神の愚かさ」とか「神の弱さ」などというのは、はたして神に用いてよいのだろうかと思えるような表現です。
でも、聖書を読み進んでいくうちに、神は弱い私たちを救うためにあえて弱いものとなり、愚かである私たちを救うために、あえて愚かになってくださったのだということがわかってきたのです。そしてその極みが、実はあの十字架なのです。―――
(参考 村上宣道著「ゆるぎない未来」イーブックス)
新しい年がスタートしました。私たちも聖霊に満たされ、十字架につけられた救い主イエス・キリストを宣べ伝えましょう。十字架こそが、人の目にはいかに愚かに見えようとも、神が私たちのために用意してくださった唯一の救いの道だからです。
“私の助けは、天地を造られた主から来る。”(詩篇121:2)
スポルジョン(19世紀のイギリスの説教者。教会に来訪者があると、よく地下の祈祷室に案内しました。そこではいつも人々がひざまずき、教会のためにとりなしの祈りをささげていました。スポルジョンは「ここが当教会の中枢部です」と宣言していたそうです。スポルジョン自身も聖霊に導かれた祈りの人でした。)の著書の中にこのような文章がありました。
――― 主は「わたしはあなたを助ける」(イザヤ41:10)と言われる。私たちの内部の力は、外からの助けによって補われる。神は、ご自分の目から見てよしとされるなら、私たちのために連合軍を起こすことができる。たとい人間的な援助を送られなくとも、自ら私たちの側につかれる。このほうがはるかによい。
神の助けは、まことに時宣を得たものである。神は悩みの時のいと近き助け。しかも神の助けは、きわめて知恵に富んでいる。神はひとりひとりに必要な助けを、どのようにして与えたらよいかをご存知である。
人の助けが空しい時でも、神の助けはこの上なく効果的である。しかも神の助けは、助け以上のものである。というのは、神は私たちの重荷を全部負い、必要をすべて満たしてくださるからである。「主は私の助け手です。私は恐れません。人間が、私に対して何ができましょう。」(ヘブル13:6)
神はすでに私たちの助けであるのだから、私たちは現在だけでなく、将来に対しても、主にあって確信を抱くことができる。「主よ。私の助けとなってください。」(詩篇30:10)が私たちの祈りである。「御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます」(ローマ8:26)が私たちの経験、そして「私たちの助けは、天地を造られた主から来る」(詩篇121:2)が私たちの期待である。―――
(参考 スポルジョン「主の約束は朝ごとに」いのちのことば社)
今年は詩篇120〜121篇から、聖書通読がスタートします。主が私たちの助け手です。このお方に信頼して歩みましょう。
このスポルジョンの文章にあるように、現在だけでなく、将来も主は私たちの助け手であられます。このお方に祈っていきましょう。