Q&A
〔A〕
聖書の「敬う」とは、「尊敬する」「崇敬する」ことを意味します。
なぜ、聖書は両親を敬うことを教えているのでしょうか。エペソ6:1−3からわかることは次のようなことです。
@それは正しいことだからです。創造の秩序のゆえに、子は両親を敬うのです。
Aそれは約束を伴ったものだからです。両親を敬う人が皆、非常な高齢まで生きるということではなく、神の祝福の下に人生を生きたいなら、この戒めを守りなさいと、神は語っておられるのです。
B主にあって両親に従うのです。キリスト者である子どもは、救い主であるイエスさまを喜ばせるために両親に従い、敬い、尊ぶのです。
ただし、両親が、キリスト者である子どもに神を礼拝することや、神に従うことを禁じるときは、両親に従ってはなりません。故意に罪や罪の行為を犯すようにそそのかしたり、強制したりしているなら、これも拒否しなければなりません。
しかし、それらが制限です。それ以外のことなら、親が人間としてどうかと思うことがあっても、「主にあって両親に従いなさい」が原則です。人間にはむずかしいことですが、キリスト者には御霊の助けがあります。 御霊に満たされ(エペソ5:18)、主にあって両親に従うのです。
(参考 ロイドジョンズ「子供をしつけることの意味」いのちのことば社)
4という数字が聖書の中によく出て来ますが、何か意味があると思われます。教えて下さい。
4は、聖書において完全を示す象徴の一つです。(すべての4が完全を示すというわけではありませんが)
エデンの園から4本の川が流れていました。(創世記2:10)
エゼキエルは4つの生き物を見ました。(エゼキエル1章)
黙示録4:6でも4つの生き物が出てきます。
新バビロニヤ帝国以降の世界の歴史は、4つの王国で代表されています。(ダニエル2:39-40、7:17)
預言的象徴と黙示文学において、4は特に際立った数です。
4つの角と4人の職人(ゼカリヤ1:18-21)、4台の戦車(ゼカリヤ6:1-8)、祭壇の四隅(黙示録9:13)、4人の御使い(黙示録9:14)など。
(参考「新聖書辞典」いのちのことば社)
〔Q17〕
マタイ5:41「・・1ミリオン行けと強いるような者とは、一緒に2ミリオン行きなさい。」とはどういう事ですか?
〔A〕
当時、ユダヤの国は、ローマ帝国の占領下にありました。いつローマ兵に荷物を運ばせられたり、牛や馬を取り上げられて、荷物を負わされたりするか分かりませんでした。
クリスチャンは最小限度の1ミリオン(1500m)で帰らせてくださいと言うのではなく、2ミリオンでも喜んで従わなくてはならないと、イエスさまは教えられたのです。
〔Q16〕
マタイ5:26にある「コドラント」とは?
〔A〕
ローマの銅貨で、重さはおそらく3.5グラム。ローマの通貨としては最小単位(マタイ5:26) ユダヤの通貨レプタ2枚分(マルコ12:42)。(参考「新聖書辞典」いのちのことば社)
日本の円にしてみるといくらかははっきり分かりません。参考までに、日本語訳のリビングバイブルでは「一円」と訳され、塚本虎二訳では「十円」と訳されています。
〔Q15〕
聖書に「初子(ういご)」という言葉がでてきますが、これは最初に生まれてきた男の子でも女の子でも指すのですか?
〔A〕
いのちのことば社の「新聖書辞典」を見ますと、次のように記されています。
――ういご(初子)ヘブル語→ベコール、ギリシャ語→プロートトコス、人間や動物の初子、長子、初子は父の力の最初の実であり、父に次いで尊ばれ、他の子らの2倍の嗣業を受けた。(申命21:17、参照U列王2:9)
長子は家長の権威と責任を受け継いだ(参照 創世37:22,43:33)。
王の場合、父からの王位継承権はまず長子にあった(U歴代誌21:1-3)。 イスラエルは主の初子とされ、他の民族に比して特権が与えられた(出エジプト4:22、参照 詩篇89:27)
ヘブル人の間では人間や動物は神のものとして聖別され、ささげられるものであったから(出エジプト13:2,12)、人間の贖いのために人間に代わって動物がいけにえとしてささげられた(出エジプト13:13,15)。
シナイではレビ人がイスラエルの初子と代替され(民数3:40-41)、後代には5シェケルを祭司に支払って贖った(民数18:16,参照
民数3:42-51)。
新約聖書ではイエス(ヘブル1:6,参照 コロサイ1:15-18) や信者(ヘブル12:23)
が長子と言われている。――
以上からわかることは、旧約聖書においては、「初子」は最初にうまれてきた男子を指すことがわかります。参考までに、新約聖書で「初子」を意味するプロートトコスは、キリストについて使用される時、キリストが「生まれた」ものであることを言うのではなく、その権威、尊厳が長子のそれであることを言うのです。(参考
織田昭編「新約聖書ギリシャ語小辞典」)
また、キリストの民(信者)はすべて、特別な意味で長子であるお方、主イエスとの一体化によって、神の「長子」たちとされているのです。彼らの長子の権利は、エサウの場合のように、売り渡されてはならないのです。(参考
F・F・ブルース「ヘブル人への手紙」聖書図書刊行会)
新聖書辞典(いのちのことば社)によりますと、これは、旧約聖書の「ヒノムの谷」(ネヘミヤ11:30)、あるいは「ベン・ヒノムの谷」(ヨシュア15:8)から出た語です。ヒノムの谷は、エルサレムの南西を巡っている谷で、現在アラビヤ人が、ワディ・ラパビと呼んでいる谷です。
この谷の中で、モレクとタンムズの礼拝が行われました。(U列王23:10、U歴代28:3、33:6、エレミヤ7:31、32:35)
そこで恐るべき幼児犠牲の儀式が行われたので、罪と恐怖の代名詞となりました。
ヨシヤはこの儀式を禁止するためにこの谷を汚しました。(U列王23:6,10) その後、ここは町の廃棄物、動物および罪人の死体の焼却場に当てられました。こうしたところから自然にゲヘナは地獄の同意語として使用されるようになりました。(マタイ5:29-30、10:28、マルコ9:43-47) また「火の池」(黙示19:20)とも同意語です。
また、織田昭編「新約聖書ギリシャ語小辞典」によりますと、ゲヘナは、元来ヘブル語のゲー・ベンヒンノーム(悲嘆の子らの谷)からアラム語ゲー・ヒンナームを通じて音訳し、語尾によってギリシャ語化された語形です。死後のおそろしい罰の場所をあらわす代名詞となりました。
以上二つの辞典よりわかることは、「ゲヘナ」は地獄の同意語で、死後の恐ろしい罰の場所です。
もともとは、ヘブル語、ゲー(谷)・ベン(子)ヒンノーム(悲嘆)という語から来ています。モレクなどの偶像礼拝のとき恐るべき幼児犠牲の儀式がそこで行われていたので、その谷はそのように名づけられていました。(「子らの泣き悲しむ声の谷」と)
主イエスは、つまずきの原因となるものは、キリスト者は断固として取り除くようにと教えられました。その理由は「からだの一部を失っても、からだ全体ゲヘナに投げ込まれるよりは、よいからです。」と。(マタイ5:29)
つまずきをそのままにすると、私たちは破滅するからです。「ゲヘナに投げ込まれる」と言えば、罪によって身が破滅し、神のさばきに会うことを意味します。そうなるより、罪に誘うものを除いた方が良いのです。罪を犯すきっかけを除くことで、つらい思いをしても、ゲヘナの火で焼かれるよりはるかに良いからです。(参考 内田和彦「幸いなクリスチャン生活」いのちのことば社)
今日、罪へのつまずきの原因となるものを断固取り除きましょう。
〔Q13〕
聖書の章節はいつ頃からついたのですか?
〔A〕
聖書の章節は、原文にはなく、カロ枢機卿(A.D.1236年)とロバート・スティーヴンズ(A.D.1551年)によって付け加えられました。(参考 ハーレイ「聖書ハンドブック」聖書図書刊行会)
ただし、旧約聖書の節の区切り日は非常に古いとのことです。シナゴグ(ユダヤ教の会堂)で聖書朗読の必要から節や段落を分けることが起こったからです。
ヘブル語聖書の章区分は、カンタベリー大主教ランタン(1150-1228年)がラテン語『ウルガタ訳』に入れたのにまねて、ラビ・サロモン・イスマエル(1330年頃)がヘブル語写本の縁に数字で入れたのが始まりである。印刷聖書では『コンプルートム多国語聖書』(1514-17年)が縁にローマ数字を入れ、『第一ラビ聖書』(1517年)がヘブル数字で縁に入れ、アリアス・モンタヌマのアントワープ版(1571年)が本文に入れたとのことです。
(参考 榊原康夫「旧約聖書の写本と翻訳」いのちのことば社)
章節がつけられた年代についてはこのように多少の誤差がありますが、近代になってつけた区切りです。(先に述べましたように、旧約の節区切りは非常に古いので、その限りではありませんが)
榊原先生は別の本で、「今日の旧約聖書に全部章や節の数字がつきましたのは、1571年からのちの話であります。ついこの間のことなのです。・・・たとえば、新約聖書の節の数字は、フランスのある印刷屋さんが、印刷して出す時の便宜上から自分で勝手につけたものです。・・・私たちの今持っている聖書の章や節の分け方や数字というのは、決して学問的によく研究してつけたものではありません。
・・・昔の人たちは、聖書をどうやって引いたのだろうかというと、イエス様は、たとえば、"あなたがたはモーセの書にあるる柴の個所で読んだことがないのか。・・・"というふうに引用なさいました。(マルコ12:26) モーセの書の「柴の個所」という呼び方、あるいは創造の物語の「大空の篇」というような言い方、そういう言い方で聖書の個所を引用したわけです。」(参考 榊原康夫「聖書読解術」いのちのことば社)
ここからわかることは、章や節にとらわれずに、聖書全体を通読して、聖書全体の流れ、中心をつかむことの大切さです。しかし、章や節がついたので、一緒に聖書を学ぶときは、すぐにそこを開けるので大変便利になったと思います。
詩篇は歌の数で区分がつくので、すでに何篇と区別されていました。それでパウロは、「詩篇の第二篇に」(使徒13:33)と引用することができました。それに対して物語が続けて書いてあるところでは、区分がないと、目立った話題のないところでは探すのに大変ですから、やはり章節がついていると便利です。
〔Q12〕
ヨハネの福音書12:24「一粒の麦」について教えてください。
〔A〕
この言葉はイエス・キリストが語られた言葉です。
「まことに、まことに、あなたがたに告げます。一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。」(ヨハネ12:24)
このことばは、第一に、イエス・キリストご自身の十字架の死について語っています。神に背いた人間のために、神はそのひとり子イエス・キリストを、この世に遣わしてくださいました。
神が人となられたイエス・キリストは一粒の麦となり、罪のないご自身を神へのなだめの供え物としてささげてくださいました。十字架の上で、イエス・キリストは人間のすべての罪と死のさばきを背負い死なれました。
一粒の麦が地に落ちて死に、豊かな実を結ぶように、キリストは一粒の麦となり、死んでくださったのです。このお方を信じる者は罪と死から解放されるのです。そのような意味で今も豊かな実が結ばれているのです。
第二に、キリスト者の生き方の原則も教えています。自我に死んで生きる生き方です。自分の欲望を追い求め、自我のおもむくままに生きるなら、その行き着くところは破滅です。自我に死に、イエス・キリストに仕え、人に仕える人生は豊かな実を結ぶのです。
イエス・キリストは先ほどの言葉に続けて「わたしに仕えるというのなら、その人はわたしについて来なさい。わたしがいる所に、わたしに仕える者もいるべきです。もしわたしに仕えるなら、父はその人に報いてくださいます。」(ヨハネ12:26)
と語られました。
イエス・キリストに仕える者に、天の父は報いてくださるのです。具体的にはマタイ25章にあるように、いと小さな兄弟のために仕えることです。
(参考 羽鳥明「みことばの泉」いのちのことば社)
〔Q11〕
旧約聖書にでてくる「高き所」とはどんな意味ですか。
〔A〕
「高き所」(ヘブル語バーマー)これは神を礼拝する場所を意味しましたが、その内容が偶像礼拝と密着したものとなっていきます。
ソロモンが神殿を建てるまでは、イスラエルの民も、主に対するいけにえを、祭壇を築いてささげ、高き所で礼拝していました。(Tサムエル9:12、10:5、T列王3:2,3)
しかし、カナンの地での異教の祭儀が行われた高き所との区別がつきにくくなり、しだいに「高き所」は偶像礼拝の場所としての意味が強調されるようになります。
南王国ユダの王ヒゼキヤは、父祖の犯した罪を認め、「高き所」を取り除きました。(U列王18:4) ヨシヤ王は「高き所」を破壊しました。(U列王23:8,13,15) イスラエルの信仰復興のために、預言者たちは、高き所が破壊され、ただの廃墟となることを預言しています。(エゼキエル6:6、ホセア10:8)
「高き所」は異教の祭儀場にとどまらず、売春や神殿男娼のはびこる罪の場所となりました。南王国ユダのヨシャパテ王は、そのような神殿男娼を、この国から除き去りました。(T列王22:46) しかし、「高き所」は取り除かなかったのです。(T列王22:43)
本来は、イスラエルの民は「高き所」で、まことの神、主を礼拝していたのですが、いつの間にか異教偶像礼拝の混合的な要素を持つようになったようです。
U歴代誌17:6では、ヨシャパテ王は「高き所」からアシェラ像を取り除いたと記されていますので、「高き所」にあった偶像は取り除かれたようです。(参考 「新聖書辞典」いのちのことば社)
クリスチャンは、聖書から正しく教えられて、正しい神を礼拝することが大切です。
神様というイメージが私の中では人の自由を取り上げる恐い存在です。信仰に入ると自由が束縛されるように思えますが?
〔A〕
信仰に入ると窮屈になるとか、自由が束縛されると考える人がいます。しかし、聖書の教えるキリスト教はそのようなものではありません。 主イエス・キリストは「真理はあなたがたを自由にします。」(ヨハネ8:32)と言われました。イエス・キリストを信じる時、本当の自由が与えられます。
生まれついての人間は罪の奴隷です。罪の奴隷、欲望の奴隷になっている姿は決して自由な者の姿ではありません。キリストを信じる時、罪の奴隷から解放され、神の奴隷となります。私たち人間は神に創造されたものですから、神の奴隷となったとき、真の自由が与えられるのです。
“しかし今は、罪から解放されて神の奴隷となり、聖潔に至る実を得たのです。その行き着く所は永遠のいのちです。”(ローマ6:22)
〔Q9〕
神様は、人が生まれる前から死ぬまで全て知っているというのは本当なのですか?
〔A〕
本当です。主イエス・キリストは、「また、あなたがたの頭の毛さえも、みな数えられています。」(マタイ10:30)と、父なる神は、神を信じた弟子たちのことをよく知っておられると教えられました。神に全て知られているということは、神を信じた者にとって慰めと平安のよりどころです。
聖書の神は、全知の神で、過去、現在、未来のすべてを知っておられます。神は人間の心をすべて御存知で、最後の審判において正しく裁かれます。
ですから、今、神の前で正直に自分の罪を認め、悔い改めることが大切なのです。神の前に隠れおおせるものは何一つないからです。(ヘブル4:13)
罪を悔い改め、神を信じる時、自分のすべてを御存知の神、また全歴史を支配される神が私たちを導いてくださるので、安心なのです。神の知恵と知識は測り知りがたく、すばらしいものです。(ローマ11:33)
〔A〕
この世の哲学では、存在と思惟の一致としての普遍的な知識とか、存在と行為の一致としての真実であるとか、いろいろと説明されます。
これに対して、聖書においては、真理は神にあり、真理と真実は神のものであると教えます。
新約聖書において、真理は、福音そのものを意味しています。(ガラテヤ2:5) 福音は、御子に関すること(ローマ1:2-3)ですから、「真理はイエスにある」(エペソ4:21)とも表現されています。
真理は神のものであり、キリストにあって神からいただくものです。「わたしは道であり、真理であり、いのちなのです。」と言われた主イエス・キリストを信じることが、救いであり、真理を見出す道なのです。(ヨハネ14:6)
(参考「新聖書辞典」いのちのことば社)
〔Q7〕
新約聖書は、どのようにして現在の形になったのですか。教会会議で決定されたのですか。
〔A〕
教会会議で決定されたわけではありません。教会会議では、どの書物が正典(キリスト者の権威ある基準)とされてきたかを調べ、あとから確認したにすぎません。キリスト教会の教会会議で正典目録を記す最古の記録は、397年の第3カルタゴ教会会議です。
新約聖書が現在のように27の書物が正典と成立したのは、次のような理由によります。
@迫害によって
聖書を持つことが迫害の理由となりました。それで、正典とは何かということが自覚されるようになりました。
A異端に対して
異端がはびこり、正典の存在を際立たせるようになりました。2世紀には、マルキオンによる異端が現われ、旧約を捨て、パウロだけがイエスを正しくとらえた人と考え、福音書では、パウロ的なルカ福音書だけを用いました。パウロの書簡も、牧会書簡(T・Uテモテ、テトスの手紙)は拒否しました。それに対して教会側は、自覚的に四福音書、使徒の働き、パウロ書簡、公同書簡(ヘブル人への手紙からユダの手紙まで)を重んじるようになります。モンタノスの異端がヨハネの黙示録を悪用したので、黙示録は一時的に危険視されていました。(もちろんヨハネの黙示録も正典に含まれます。)
正典の決め手として、@使徒の作、あるいは使徒の信用を得た従者の作 A一世紀の作 B口伝の頃から形成された使徒的な福音との一致。これらがあげられます。しかし、基本的に、全教会が現在の27巻を新約聖書の正典として受け入れたという事実が大事です。二世紀中頃までには、四福音書とパウロ書簡は収集されていたようです。
ともかく、聖書は、神の霊感によって記されたものですから、誤りなき神の言葉です。(Uテモテ3:16) 新約27巻だけでなく、旧約39巻も含めて、聖書全体から教えられていきましょう。
〔Q6〕
私はクリスチャンですが、新約聖書コリント人への手紙第二12章7節の ”一つのとげ”という意味がわかりません。教えてください。
〔A〕
パウロは、第三の天にまで引き上げられるという特別な経験をします。天で主からの言葉を聞いたのです。主は、パウロが高ぶらないように肉体のとげを与えられました。この肉体のとげについて、いろいろな解釈があります。
@迫害 A肉欲の誘惑 B病気
@とAはサタンから来るので、そうではないかと言う注解者もいますが、Bが新約聖書全体から見てふさわしいのではないかと思います。
もちろん、この病気も、目の病気、てんかん性の病気、マラリヤなどの諸説があります。パウロは回心の時に、一時失明しています。ガラテヤ4:15, 6:11などを読むと、目が悪いことが推測されます。ですから、目の病気ではないかと思われますが、他の説にもそれぞれの理由があり、目の病気だと断定はできません。とにかくパウロには、大きな肉体上の苦しみがありました。パウロは、このとげを取り去ってくださいと、三度主に祈りました。しかし、主の答えは、その苦しみの中で、神が働いてくださるというものでした。苦しみの中に、神の力が働き、その苦しみを乗り越えさせてくださるのです。そこで、神の恵みを味わうことができるのです。そして、神の前に謙遜に生きることができるのです。
〔Q5〕
どうしてキリスト教会には教派があるのですか?
〔A〕
キリスト教会は、イエス・キリストを救い主として信じる者たちの集まりで、本来一つのものです。初期のキリスト教会は一つでした。
新約聖書の「使徒の働き」に見られるように、ユダヤのエルサレムに、まず教会が神の恵みによって形成されました。それからサマリヤ、シリヤ、小アジヤ、ヨーロッパのギリシャやローマに福音が伝えられ、各地に教会が形成されましたが、教会としては一つでした。
しかし、1054年、教会は東西に分裂しました。神学やさまざまな意見の相違によって、東方教会と西方教会の二つの教会に分裂したのです。
〈1、東方教会〉
東方教会は、今日、ギリシャ正教会をはじめとする正教会となりました。「正教会」とは、英語で「オーソドックス」、「正統」という意味です。東方で種々の異端が発生したので、それらと区別するため、自分たちの教会こそが、正統的教会であると名のったのです。今日、正教会は、ギリシャをはじめ、東ヨーロッパ、ロシア、近東などに分布しています。
〈2、西方教会〉
一方、西方教会は、ローマを中心としたので、今日では、ローマ・カトリック教会と呼ばれています。「カトリック」は「公同的」と訳されます。自分たちの教会が、全世界に及ぶ普遍的な教会であると主張したのです。ローマ・カトリックは、今日、西ヨーロッパを中心に、アメリカ、アジヤ、アフリカなど広く分布しています。
〈3、プロテスタント教会〉
この西方教会では、1517年、ドイツのマルチン・ルターによって宗教改革が起こり、やがてローマ・カトリック教会から分裂して、プロテスタント教会となります。「プロテスタント」は「抗議する者」という意味です。1529年、神聖ローマ帝国の国会で、ルター派の諸侯が国会に抗議したので、「プロテスタント」の名前が誕生しました。
彼らは、ローマ・カトリック教会が、聖書の真理からはずれているので、悔い改めて正しい本来の教会の姿に戻るようにと、聖書からの改革を願い、実行しようとしたのです。
ところが、このプロテスタント教会は、神の前で個人で自由に聖書を読み、解釈できる点を強調しました。そのため、その当時の政治的事情(民族的な自覚の高まり)ともからみ、多くの教派を生み出すようになりました。
その結果、民族の独自の教会を形成する方向に向かっていきました。ドイツを中心とする北ヨーロッパでは、ルター派が盛んになり、英国は、英国教会(「聖公会」とも呼ばれる)が盛んになり、スイスやスコットランド(英国北部)には、カルヴァンの指導による、長老派の教会が形成されるようになりました。また、スイスから始まった再洗礼派(バプテスマは浸礼で、信者のみに施す。幼児洗礼を認めない。)は、モラビアやオランダに広まり、メンノ派(メノナイト)などが生まれます。
さらに、英国教会内に、清教徒(ピューリタン)の運動が起こり、しだいに英国教会から分離してゆき、やがて、バプテスト派、長老派、組合派、フレンド派(クエーカー)、さらに18世紀にメソジスト派などが生まれていきました。19世紀終わりには、アメリカでホーリネス派、20世紀にはペンテコステ派が生まれました。
〈4、日本の場合〉
日本では、1549年ローマ・カトリック教会のフランシスコ・ザビエルが来日、伝道を始めました。東方教会は、1861年ロシアからニコライ司教が函館に来て、伝道を始めました。
プロテスタントの諸教派は、幕末から明治時代にかけて、次々と伝道を始めました。明治初期の日本人クリスチャンたちは、教派間の対立をなくすことを目指して、日本基督公会を設立しました。しかし、欧米の諸教派が次々と自分たちの教派による教会を設立したので、日本基督公会の計画は失敗に終わりました。
第二次世界大戦が起こると、プロテスタント諸教派は国家の圧力により合同を余儀なくされ、1941年、日本基督教団が設立されるようになります。戦後、いくつかの教派や教団は、次々と日本基督教団を離脱して、旧教派の再建のために新教派を生み出すようになります。 一方、日本基督教団の設立は、国家の圧力があったとは言え、それも神の摂理と認める人々は、同教団に残りました。(現在でも、日本のプロテスタント教会の中で、最大の教団です。)また、戦後、欧米諸国は次々と、新しい宣教団体を日本に送り、新しい教派や教団を設立していきました。
こうして今日、日本のプロテスタント教会は、120を越える教派や教団と、それらに所属しない、単立教会から成っています。ローマ・カトリック教会は、種々の修道院などの区別はありますが、一教団となっています。
ギリシャ正教は、米国系とロシア系の二つの教団に分かれています。
〈5、教派間の理解と協力〉
今日では、各教派や教団間の交流が盛んになってきました。理解と協力を深めていく方向にあります。しかし、上述したような複雑な歴史上のいきさつがあるので、一朝一夕に教派の別を解消して合同にするというところには、到達しないのが現実です。どの教派がよくて、どの教派が悪いと簡単に結論を出すわけにはいきません。ですから、私たちは、それらの教派、教団の特徴を正しく理解することが大切です。
私たちの教会は、「聖書は誤りのない神のことばであり、信仰と生活の唯一の規準である」ことを土台としています。キリストを救い主として信じること、聖書を神のことばであると信じること、その他基本的な信仰告白において一致できるなら、他の教団、教派と協力していこうと思っています。現に、ラジオ、テレビ伝道(近放伝など)、学生伝道(K.G.K)、世界宣教(O.M.Fやアンテオケ宣教会など)においてそのような協力をしていますし、地域において北摂地区牧師会に参加し、共に毎年イースター大会を準備しています。
一麦の群れを通して、日本福音同盟に加盟し、他教派との違いを認めつつも、教派間の理解と協力に努めています。
聖書の神は、多様性に富んだお方です。木の葉も一枚一枚違います。神様が多くの教派の存在を許しておられるのは、それぞれの教派、教団、教会が、他のところから、もっと教えられていくためかも知れません。すぐに、組織的な一致に至らなくても、霊の一致を現わすために互いに理解し、助け合い、祈り合っていきたいと思います。
イエス・キリストは、クリスチャンが目に見える愛と一致を実践するように教え、祈られたのですから。(ヨハネ13章、17章)
参考:「クリスチャン生活事典」(教会新報社)
丸山忠孝「キリスト教会2000年」(いのちのことば社)
フランシス、A、シェーファー「クリスチャンのしるし」(いのちのことば社)
〔Q4〕
私は仏教徒です。イエス・キリストはすばらしい方だと思っています。しかし、キリスト教国家が、なぜ戦争をするのでしょうか? 歴史を学ぶと、キリスト教会が侵略戦争に間接的に、ある時は直接的に加担しているようにも思えます。キリストは平和を教えられたのに、なぜキリスト教国家が戦争をするのでしょうか?
〔A〕
旧約聖書において、神に選ばれたイスラエルの民が、ペリシテ人やアマレク人と戦うとき、その戦いが聖戦として描かれています。しかし、新約聖書になると、福音の本質が明らかになり、聖戦という思想はみられなくなります。中世において、聖地エルサレムを奪い返そうとした十字軍の戦いは、聖戦と考えられていました。キリスト教会は、この戦いを精神的に支えました。しかし、この戦いは聖戦ではなく、20世紀になりローマ・カトリック教会は、十字軍の過ちを認めています。
現代においても、世界の正義をめざすキリスト教国家による戦争も、聖戦ではありません。キリスト教国家であっても、国家を絶対化することはできません。クリスチャンの政治指導者であっても、残念ながら皆が同じ戦争観を持っているわけではありません。現実に多様な考え方があります。
しかし、私たちはイエス・キリストを信頼し、平和と正義を求めて祈っています。聖書は、指導者のために祈るように勧めています。(Tテモテ2:1)
イエス・キリストは、「平和をつくる者は幸いです。その人は神の子どもと呼ばれるからです。」(マタイ5:9)と言われました。キリストは、十字架の上で敵意を廃棄されました。(エペソ2:15) キリストの十字架にこそ、神と人との和解、人と人との和解があるのです。
〔Q3〕
私は仏教徒です。仏教では、臨終を非常に重要視します。臨終は、その人の生きてきた人生の総決算であるからです。
キリスト教の救い主と言われるイエス・キリストは、十字架で苦しんで一生を終えました。どんなに立派なことをしても、臨終がそのような苦しみで終わるのでは、とても救い主と言えないのではないでしょうか。
〔A〕
確かに臨終は人生の総決算です。その人が生きたように死ぬとも言われています。イエス・キリストが十字架の上で苦しみ、死なれたのは、イエス・キリストに罪があったからではありません。新約聖書を読むと、少なくとも3回裁判を受けられましたが、無罪を宣告されています。なぜ、罪のないイエス・キリストが十字架にかからなければならなかったのでしょうか。聖書はこう記しています。
「キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見出されませんでした。・・・そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。」(Tペテロ2:22-24)
キリストは、私たちの罪の身代わりとして、十字架上で血を流し、死んでくださったのです。あの十字架の苦しみは、私たちの罪のためだったのです。しかも三日目に死から復活されたのです。イエス・キリストは復活によって、ご自分がまことの神であることを公にお示しになったのです。そして、信じる私たちにも、死に打ち勝つ力、永遠のいのちを与えてくださったのです。
〔Q2〕
「アーメン」というのは、どういう意味ですか?
〔A〕
アーメンとは、ヘブル語で「真実である」「堅く立っている」という意味です。教会では、祈りの時に、他の人が祈ったあと、「アーメン」と皆が一緒になって唱えます。
黙示録5章14節で、四つの生き物がアーメンと唱えると、長老たちがひれ伏して礼拝しています。主イエス・キリスト、私たちのために十字架で死なれ、ほふられた小羊(もちろん三日目に死に打ち勝ってよみがえられましたが)に対する讃美のことばとしてアーメンがでてきます。
黙示録3:14では、イエス・キリスト様ご自身がアーメンなるお方として紹介されています。キリスト様はどこまでも真実なお方です。神の真実を十字架の上で私たちに示されました。神の約束はことごとく、キリスト様において「しかり」となり、私たちは、この方によって「アーメン」と言って、神さまに栄光を帰するのです。(Uコリント1:20)
ですからアーメンという言葉は、聖書において大切な言葉です。日本語の聖書では、「まことに、まことに」と、イエス・キリスト様の言葉が翻訳されていますが、原文では、「アーメン、アーメン」になっています。(ヨハネ13:16など)
イエス・キリスト様ご自身が真実で、そのことばも真実です。この真実な方を通して、私たちは天の父なる神様に祈ります。「アーメン」という言葉の意味を深くかみしめて、祈りの終わりに「アーメン」と唱えましょう。神様は、私たちの祈りに耳を傾けてくださる真実なお方です。
〔Q1〕
教会で、「ハレルヤ」という言葉を聞きましたが、何の意味ですか?
〔A〕
「ハレルヤ」は、ヘブル語です。「主を賛美せよ」という意味です。詩篇の表題や巻末によく出てきます。新約聖書では、黙示録19:1-6に出てきます。