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アンネのバラコーナー
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【アンネのバラについて】 アンネのバラは、第二次大戦後、ベルギーの園芸家デルフォルゲさんがアンネを愛おしみ愛と平和への祈りを込めて作りだした新種のバラで「アンネの形見のバラ」と名付けられました。 このアンネというのは、あの「アンネの日記」の作者アンネ・フランクのことです。この「アンネの形見のバラ」は、デルフォルゲさんからアンネの父のオットーさんに贈られました。 オットーさんは、娘であるアンネの平和を願う心をバラに託し、大切に育てました。 【アンネのバラが日本にくるまで】 1971年、聖イエス会聖歌隊がイスラエルで偶然オット−さんと出会い、メンバ−の一人大槻道子さんと親交を深めました。 1972年のクリスマスの日に突然オット−さんからアンネのバラの苗が10本ふつうの小包でおくられてきましたが、検疫の関係もあり、唯1本だけ根付きました。 1973年春、日本で始めての花が咲きました。しかし、この苗からは増やすことはしなかったようです。 1975年大槻道子さんをふくむ聖イエス会しののめ合唱団がスイスに住むオット−さんを訪ねました。当然バラも話題になり、「再会記念にもう一度」となり、今回は綿密に打ち合わせた上で、1976年3月に新たな10本を送ってもらいました。移植の最適期、苗も元気でベストコンデェシヨンでしたので、今度は増やすことができました。 【富田にアンネのバラがやってきた】 1999年10月富田ふれあい文化センターの親睦旅行(もちろん月会費3,000円の積立の自腹(*^_^*)です。)の人権研修で、広島県福山市「ホロコースト記念館」に行きました。 この時、「アンネのバラ」が日本に来た経過を聞き、「平和を願う心」を高槻でも広げていきたいとの思いから、是非とも苗木を譲り受けたいと申し出て、譲り受けた「アンネのバラ」です。 ※なお、苗木を譲り受けたいとお思いの団体は、「ホロコースト記念館」にお問い合わせを! |
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