=For 鶴見俊輔=

 最近、鶴見俊輔に凝っています。
 鶴見さんの作品を読めば読むほど、鶴見さんはスルリと逃げてゆくような感じがします。以下は、
1) 試みはじめたぼくの鶴見俊輔論

2) 鶴見さんの単行本リスト(+分担執筆)

3) 読んでおきたい鶴見俊輔論

4) 鶴見さんの作品年表

5) 鶴見俊輔クロニクル、および

6) 鶴見俊輔の人的ネットワーク、です。
 2)、3)、5)、6)は未完成です。今後、追加予定。



<ぼくの鶴見俊輔論>

・原田達「鶴見俊輔試論:ある知的マゾヒズムの軌跡(I)」
 (『追手門学院大学人間学部紀要』、3号,1996,Dec)

・原田達「鶴見俊輔の青春のかたち:トラウマと再生」
 (東洋文化研究会編『アジア、老いの文化史』、新泉社、1997)

・原田達「荷風から:下降と<人びと>の構成」
 (『追手門学院大学創立30周年記念論集』、1997)

・原田達「鶴見俊輔研究ノート:<ノートbQ>より」
 (『追手門学院大学人間学部紀要』、4号,1997,Jul)

・原田達「鶴見俊輔の社交資本:ある知的マゾヒズムの軌跡(II)」
 (『追手門学院大学人間学部紀要』、7号,1998,Dec)

・原田達「語られない問題:ある知的マゾヒズムの軌跡(lll)」
 (『桃山学院大学社会学論集』、34巻1号、2000,Aug)

・原田達「鶴見和子のばあい:ある知的マゾヒズムの軌跡(IV)」
 (『桃山学院大学社会学論集』、35巻1号、2001,Aug)

・原田達『鶴見俊輔と希望の社会学』
 (世界思想社、2001.Dec)

・原田達「鶴見俊輔研究ノート(U):<ノートbR>より」
 (『桃山学院大学社会学論集』、35巻2号、2001,Dec)

・原田達「鶴見俊輔研究ノート(V):<ノートbS,5>より」
 (『桃山学院大学社会学論集』、36巻1号、2002,Aug)

・原田達「鶴見俊輔の<社会>と認知の転換(覚書)」
 (『現代風俗学研究』、第9号、2003.Mar)
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<単行本リスト>


 鶴見さんの単著、共著、編著は数百冊におよぶ。したがって、以下は鶴見さんのすべての単行本のリストではない。現在では絶版・品切れになっている単行本もおおく、今後、確認することができ次第、リストに掲載する予定。
 また、鶴見さんの主要作品は『鶴見俊輔著作集』、『鶴見俊輔集』に収められているので、以下の<鶴見俊輔作品年表>をご覧いただきたい。

1950年
 『アメリカ哲学』(世界評論社)
1951年
 『「戦後派」の研究』(思想の科学研究会編、養徳社)
1953年
 『哲学論』(創文社)
1954年
 『大衆芸術』(河出書房)
1955年
 『プラグマティズム』(河出書房)
1956年
 『現代日本の思想』(久野収との共著、岩波新書)
1958年
 『アメリカ思想から何を学ぶか』(中央公論社)
1959年
 『共同研究 転向(上)』(平凡社)
 『プラグマティズム入門』(現代教養文庫、社会思想研究会出版部)
 『誤解する権利』(筑摩書房)
 『戦後日本の思想』(久野収・藤田省三との共著、中央公論社、1966年に勁草書房版、現岩波同時代ライブラリー)
1960年
 『共同研究 転向(中)』(平凡社)
1961年
 『折衷主義の立場』(筑摩書房)
 『日本の百年』(全10巻刊行、筑摩書房)
1962年
 『共同研究 転向(下)』(平凡社)
1965年
 『現代日本思想大系 12:ジャーナリズムの思想』(筑摩書房)
1966年
 『日本人の生き方』(星野芳郎との共著、講談社)
1967年
 『平和を呼ぶ声』(開高健・小田実との共編、番町書房)
 『未来への対話』(梅棹忠夫・高橋和巳・梅原猛との共著、雄輝社)
 『限界芸術論』(勁草書房)
 『日常的思想の可能性』(筑摩書房)
 『反戦の論理』(編、河出書房新社)
1968年
 『不定形の思想』(文芸春秋)
 『戦後日本思想大系 4:平和の思想』(筑摩書房)
1969年
 『思想の科学事典』(久野収との共編、勁草書房)
 『現代の思想 7:大衆の時代』(平凡社)
 『語りつぐ戦後史 1・2』(思想の科学社)
 『現代漫画』(第1期、全15巻、筑摩書房)
1970年
 『語りつぐ戦後史 3』(思想の科学社)
 『現代漫画』(第2期、全12巻、筑摩書房)
 『オーウェル著作集』(全4巻、小野、開高、小池と編集、平凡社)
1971年
 『北米体験再考』(岩波書店)
 『同時代:鶴見俊輔対話集』(合同出版)
 『現代に生きる 1:国際活動』(東洋経済新報社)
 『右であれ左であれ、わが祖国』(G.オーウェル、鶴見編、平凡社)
1972年
 『ひとが生まれる』(筑摩書房)
 『通俗の構造:日本型大衆文化』(石子他との共著、太平出版社)
 『家の神』(淡交社)
 『講座コミュニケーション』(全6巻、江藤、山本との共編、研究社)
1973年
 『想像と創造:複製文化論』(江藤文夫・多田道太郎・中岡哲郎・奈良本辰也・山本明との共著、研究社)
 『漫画の戦後思想』(文芸春秋)
1975年
 『鶴見俊輔著作集』(全5巻、〜1976、筑摩書房)
 『高野長英』(朝日新聞社)
 『私の地平線の上に』(潮出版社)
1976年
 『いくつもの鏡』(朝日新聞社)
 『転向研究』(筑摩書房)
 『柳宗悦』(平凡社)
 『グアダルーペの聖母』(筑摩書房)
1979年
 『太夫才蔵伝』(平凡社)
 『読書のすすめ』(潮出版社)
 『本と人と』(西田書店)
 『抵抗と持続』(山本明との共編、世界思想社)
 『私は女王を見たのか』(V.ハミルトン、鶴見俊輔訳、岩波書店)
1980年
 『戦争体験:戦後の意味するもの』(ミネルヴァ書房)
 『吉本隆明を<読む>』(埴谷他と共著、現代企画社)
 『文章心得帖』(潮出版社)
 『アメリカ』(亀井俊介との共著、文芸春秋)
 『育てる:自立の産婆術』(平凡社)
1981年
 『戦後思想三話』(ミネルヴァ書房)
 『戦後を生きる意味』(筑摩書房)
 『新行儀読本』(遠藤周作らと共著、河出文庫)
1982年
 『家の中の広場』(編集工房ノア)
 『戦時期日本の精神史』(岩波書店)
1983年
 『忠臣蔵と四谷怪談』(安田武との共著、朝日新聞社)
1984年
 『戦後日本の大衆文化史』(岩波書店)
 『絵葉書の余白に』(東京書籍)
 『随想』(太郎次郎社)
 『対話』(太郎次郎社)
1985年
 『思想の舞台』(粉川哲夫との共著、田畑書店)
 『読書日録』(潮出版社)
 『大衆文学論』(六興出版)
 『戦後とは何か』(日高、針生、菅との共著、青弓社)
 『テレビのある風景』(マドラ出版)
1986年
 『変貌する日本人』(多田道太郎との共著、三省堂)
 『老いの発見』(全5巻、共同編集、岩波書店)
1987年
 『現代風俗通信』(学陽書房)
 『ふれあう回路』(野村雅一との対談、平凡社)
 『昭和マンガのヒーローたち』(河合らと共著)
1988年
 『祭りとイベントのつくり方』(小林和夫との共編、晶文社)
 『老いの生き方』(筑摩書房)
 『コミュニケーション事典』(共同編集、平凡社)
1989年
 『夢野久作:迷宮の住人』(リブロポート)
 『思想の落とし穴』(岩波書店)
 『ことばを豊かにする教育』(森毅との共編著、明治図書)
 『再読』(編集工房ノア)
1990年
 『思想の折り返し点で』(久野収との共著、朝日新聞社)
 『中浜万次郎集成』(監修、小学館)
1991年
 『鶴見俊輔集』(全12巻、〜1992、筑摩書房)
 『らんだむ・りいだあ』(潮出版)
 『アメノウズメ伝』(平凡社)
 『時代を読む』(河合隼雄との共著、潮出版社)
 『教育で想像力を殺すな』(高橋幸子との共編著、明治図書)
 『変貌する家族』(全8巻、共同編集、岩波書店)
 『市民の論理学者・市井三郎』(花田圭介との共編、思想の科学社)
 『戦後史大事典』(佐々木毅・富永健一他と編集、三省堂)
1992年
 『書評10年』(潮出版社)
1993年
 『旅の話』(長田弘との共著、晶文社)
 『日本文化の現在』(森毅との共著、潮出版社)
 『死刑制度と日本社会1』(野本三吉他と共著、インパクト出版会)
1994年
 『歴史の話』(網野善彦との対談、朝日新聞社)
1995年
 『竹内好:ある方法の伝記』(リブロポート)
 『神話的時間』(熊本子どもの本研究会)
 『わたしが外人だったころ』(福音館書店)
1996年
 『鶴見俊輔座談』(全10巻、晶文社)
1997年
 『期待と回想(上・下)』(晶文社)
 『日本人のこころ:原風景をたずねて』(岩波書店)
 『倫理と道徳』(河合隼雄との共同編集、岩波書店)
 『神話とのつながり』(西成彦・神沢利子との共著、熊本子どもの本研究会)
 『民間学事典:人名編、事項編』(鹿野政直・中山茂との共編、三省堂)
 『「むすびの家」物語』(木村聖哉との共著、岩波書店)
1999年
 『教育再定義への試み』(岩波書店)
2001年
 『二〇世紀から』(加藤周一との共著、潮出版社)
 『日本人のこころ U』(岩波書店)
 『その年の私』(朝日新聞社編)
 『転向再論』(鈴木正・いいだももとの共著、平凡社)
 『夢野久作と埴谷雄高』(深夜叢書社)
2002年
 『大切にしたいものは何?』(晶文社)
 『きまりって何?』(晶文社)
 『大人になるって何?』(晶文社)
 『未来におきたいものは』(対談集、晶文社)
 『読んだ本はどこへいったか』(潮出版社)
 『回想の人びと』(潮出版社)
 『グランド・ゼロからの出発』(ダグラス・ラミスとの共著、光文社)
2003年
 『もうろくの春』(SURE)

<分担執筆など>

 以下は、鶴見さんが分担・共同執筆した論文、評論、エッセイなどのうち、『鶴見俊輔著作集』および『鶴見俊輔集』に収録されていないものをリストアップしました。もちろん、これは現在までに直接ぼくが確認できたものにすぎず、完全なリストではありません。適宜追加される予定。
1951年
 「宮本武蔵は読者にどう受けとられるか」(桑原らと共著、『思想』、1951.8)
 「人間ルソー」、「ルソーのコミュニケーション論」、「ルソー・プロパガンディスト」(共に多田道太郎・樋口謹一との共著、『ルソー研究』、岩波書店)
1953年
 「小説『宮本武蔵』における観念構造」(桑原らと共著、『思想』、1953.1)
1956年
 1月1日
 「文化と大衆のこころ」(長谷川幸延・福田定良との座談、日本読書新聞)
   *ここで鶴見ははじめて「限界芸術」という言葉を活字にしている。
1968年
 「アメリカ」(『岩波講座哲学:文化』、岩波書店)
1969年
 「限界芸術論再説」(『現代デザイン講座4:デザインの領域』、風土社)
1974年
 「言葉のかべ」(『解放の思想:その原点から教育を』、明治図書出版)
1979年
 「戦後の次の時代が見失ったもの:粕谷一希氏に答える」(『諸君!』、1979.2)
  *これは『鶴見俊輔座談 戦争とは何だろうか』に所収された。
1981年
 「イコンと化した書物」(『書物:世界の隠喩』、岩波書店)
 「万歳について」(『ことほぐ』、白水社)
1986年
 「<いじわるばあさん>によせて」(『老いのパラダイム』、岩波書店)
 「座談会:老いの発見2」(『老いのパラダイム』、岩波書店)
1987年
 「生き方としての老い」(『老いの思想』、岩波書店)
 「座談会:老いの発見3」(『老いの思想』、岩波書店)
1990年
 「中浜万次郎・未来の人」(『中浜万次郎集成』、小学館)
 「三つの悪:解説にかえて」(『悪の哲学』、筑摩書房)
1995年
 「<精神革命>の実像」(『戦後思想と社会意識』、岩波書店)
 4月9日
 「いま何が問われているのか:あつみのある現在」(朝日新聞)
 4月13日
 「歴史小説考:失われた時との対話」(朝日新聞)
1996年
 「老年の理想」(『ライフコースの社会学』、岩波書店)
1998年
 2月10日
 「インタビュー構成:鶴見俊輔の世界(上)」(朝日新聞)
 2月17日
 「インタビュー構成:鶴見俊輔の世界(下)」(朝日新聞)
 5月3日
 「20世紀から21世紀へ」(梅棹忠夫・河合隼雄との鼎談、朝日新聞)

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<読んでおきたい鶴見俊輔論>

 鶴見さん知的生産量にくらべて、鶴見さんについて正面から論じた作品は意外なほどすくない。むろん、戦後思想史論などで、軽く触れられるということはしばしばある。
 以下は、ぼくが「読んでおきたい」と考えている作品である。したがって、軽く触れられた程度の鶴見俊輔論はリストアップしていません。
谷川雁『工作者宣言』
 (中央公論社、1959)
吉本隆明「ナショナリズム」
 (『現代日本思想体系4:ナショナリズム』、筑摩書房、1964)
吉本隆明「自立の思想的拠点」
 (『展望』、1965年3月号)
渡辺一衛「鶴見俊輔論」
 (『思想の科学』、1966年6月号)
渡辺一衛「戦後とはいかなる時代か」
 (『思想の科学』、1974年9月号)
菅孝行「戦後批判の思想的文脈」
 (『思想の科学』、1974年9月号)
津村喬「仮面と変身」
 (『思想の科学』、1975年4月号)
市井三郎「解説」
 (『鶴見俊輔著作集 第一巻』、筑摩書房、1975)
高畠通敏「解説」
 (『鶴見俊輔著作集 第二巻』、筑摩書房、1975)
日高六郎「解説」
 (『鶴見俊輔著作集 第三巻』、筑摩書房、1975)
多田道太郎「解説」
 (『鶴見俊輔著作集 第四巻』、筑摩書房、1975)
真継伸彦「解説」
 (『鶴見俊輔著作集 第五巻』、筑摩書房、1975)
坂東勝彦「鶴見俊輔論」
 (『新聞学』、同志社大学新聞学研究会、5、1977)
東條文規「鶴見俊輔覚え書き:自立したマッセとは何か」
 (『四国学院論集』、40、1978)
菅孝行『鶴見俊輔論』
 (第三文明社、1980)
海老坂武『雑種文化のアイデンティティ』
 (みすず書房、1986)
吉本隆明との対談「思想の流儀と原則」
 (吉本隆明『全対談集4』、青土社、1988、初出『展望』、1975.8)
上原隆『普通の人の哲学』
 (毎日新聞社、1990)
Olson,L., Ambivalent Moderns:Portraits of Japanese Cultural Identity,
(Roman & Littlefield Pub., 1992)
安田常雄、天野正子『戦後「啓蒙」思想の遺したもの』
 (久山社、1992)
新藤謙『ぼくは悪人:少年鶴見俊輔論』
 (東方出版、1994)

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<鶴見俊輔作品年表>

この<年表>には、『鶴見俊輔著作集』全5巻と『鶴見俊輔集』全12巻に収められたすべての作品を発表年順にまとめました。
 ただし、各年内の順序はかならずしも発表順ではありません。また、この年表で鶴見俊輔のすべての作品をカバーしているというわけでもありません(<分担執筆>の項、参照)。これはあくまで二つの著作集に掲載されたものを年代順に並べたものです。
1946年
 「プラグマティズムの構造」
 「プラグマティズムの位置」
 「サンタヤナ繙唯美主義」
 「ハックスリー繙非人間主義」
 「言葉のお守り的使用法について」
 「ベイシック英語の背景」
 「哲学の反省」

1947年
 「オットーの人と思想」
 「佐々木邦・・・・小市民の日常生活」
 「モリスの記号論体系」
 「心の山河」
 「くわいの歌」(ガリ版)

1948年
 「パースの意味」
 「哲人法官ホームズ」
 「プラグマティズムの可能性」
 「戦後小説の形」
 「まげ物の復活」

1949年
 「ハヴェロック・エリス・・・・生の舞踏」
 「哲学の言葉」
 「第七の宗教・・・・モリス『人生の道』について」
 「物語漫画の歴史」
 「大衆小説に関する思い出」
 「新しい村の設計」

1950年
 「プラグマティズムの起源」
 「パースの人と人生」
 「ジェイムズの人と思想」
 「プラグマティズムの年代記」
 「プラグマティズムと日本」
 「ラジオ文化」
 「アメリカの漫画と生活」
 「群衆心理とは何か」
 「映画と現代思想」

1951年
 「日常の論理」
 「かるた」
 「認識と価値」
 「笠置シズ子の意味」
 「追放解除の心理」
 「老世代を批判する・・・・京大天皇事件にさいして」
 「『山芋』『山びこ学級』」
 「日米の思想的伝統」

1952年
 「二人の哲学者・・・・デューイと菅季治の場合」
 「日本思想の特色と天皇制」
 「漫才の思想」(初出未詳、推定)
 「らくがきと綴り方」
 「一つの日本映画論」
 「見事な占領の終わりに」
 「大衆芸術の研究」
 「見る雑誌の登場」(推定)
 「殺し技法の低さ」
 「『神々の黄昏』から」

1953年
 「勅語・かるた・じゃんけん」
 「生花の位置」
 「及川せつ」
 「商家の妻・・・・門田いねの生活と思想」
 「サークル詩」
 「京都の年の暮」
 「日本語の問題」

1954年
 「M.コンフォース『哲学の擁護』について」
 「今日の思想」
 「百科全書における人間関係」
 「岩手の保健」
 「宗教について」
 「日本の合理主義」
 「らくだの葬式」

1955年
 「国民文化論」
 「かるたの話」
 「『小さなコミュニティー』」
 「木村清太郎君」
 「人形の台詞」

1956年
 「折衷主義の哲学としてのプラグマティズムの方法」
 「コミュニケーション史上のアメリカ」
 「坂口安吾・清水幾太郎・伊藤整」
 「身上相談」
 「戦争がくれた字引」
 「知識人の戦争責任」
 「二人の主婦の詩の中から」
 「日本知識人のアメリカ像」
 「石川三四郎」
 「ヴァイキングの歴史」
 「国家に捨てられた女」
 「『哲学辞典』」
 「『第二次世界大戦史』」
 「竹内道雄『昭和の精神史』」
 「エイドゥス『日本現代史』」
 「石川三四郎先生を悼む」
 「新しい知識人の誕生」
 「知識人のミスキャスト」

1957年
 「プラグマティズムの発展概説」
 「マルクス主義のコミュニケーション論」
 「漫画的精神について」
 「自由主義者の試金石」
 「具体的な説得力を・・・・女性の思想について」
 「恩人」
 「柳田国男」
 「偏見について」
 「日本映画の涙と笑い」
 「戦争映画について」
 「チャーリー・チャップリン」
 「アンソニー・マン『最前線』」
 「現代アメリカ文学の中の一つの視点」
 「サークル詩について」
 「丸山眞男『現代政治の思想と行動』下巻」
 「大熊信行『国家悪』」
 「古典について」
 「石筆」
 「このいそがしい怪物、人非人類をあわれんで」

1958年
 「円朝における身ぶりと象徴」
 「『鞍馬天狗』の進化」
 「苔のある日記」
 「戦後日本の思想」
 「忍術漫画論」

1959年
 「転向研究」
 「戦争責任の問題」
 「私のアンソロジー」
 「思想の醗酵母胎」
 「マスコミ時評」
 「吉野源三郎『リンカーン』」

1960年
 「転向研究」
 「芸術の発展」
 「根もとからの民主主義」
 「いくつもの太鼓のあいだにもっと見事な調和を」
 「日本の折衷主義・・・・新渡戸稲造論」
 「チャップリンの『独裁者』」
 「日米合作映画」
 「市民集会の提案」
 「日本の中のアメリカとアメリカの中の日本」
 「即座の知恵」
 「『谷川雁詩集』」
 「『フランス革命の研究』」

1961年
 「言語の本質」
 「転向研究の方法」
 「日本の古典」
 「アメリカ人の句会」
 「生きている歴史」
 「国際映画の方向・・・・『真珠湾前夜』の教えるもの」
 「いそがないでください」
 「伊丹万作とナンセンス」

1962年
 「転向研究」
 「戸坂潤」
 「ドグラ・マグラの世界」
 「流行歌の歴史」
 「けっしておこらない人たち・・・・ヤマギシカイ訪問記」
 「松田道雄『京の町かどから』」

1963年
 「革命について」
 「大正期の文化」
 「黒岩涙香」
 「ラナルドの漂流」
 「サークルと学問」
 「牧口常三郎と戸田城聖・・・・創価学会の出現まで」
 「天皇映画について」
 「吉本隆明『丸山眞男論』」
 「一度会った人」
 「保守主義の一側面」

1964年
 「『中央公論』の歴史」
 「私の愛読した広告」
 「新聞小説論」
 「日本思想の可能性」
 「風呂は娯楽の王」
 「吉本隆明」
 「われら日本人」
 「『宮本武蔵』以前の吉川英治」
 「根拠地を創ろう」
 「ライシャワー事件に思う」
 「橋川文三『歴史と体験』」
 「『断腸亭日乗』」

1965年
 「字引について」
 「日本思想の言語・・・・小泉八雲論」
 「武谷三男」
 「新島襄・・・・大洋上の思索」
 「ジャーナリズムの思想」
 「編集者の思想」
 「補助線の必要・・・・ユンボク著『ユンボギの日記』について」
 「『松竹新喜劇アワー』の人間像」
 「視聴者参加番組について」
 「本牧亭出演始末」
 「怪談の世界・・・・映画評論の二面性」
 「分裂の季節」
 「家の思想」
 「輝け、亡びゆく共和国」

1966年
 「フランクリンの人と思想」
 「『ガロ』の世界」
 「さまざまの無関心」
 「戦後日本の思想状況」
 「日本の思想百年」
 「すわりこみまで」
 「『荒地』の視点」
 「大学教育のねうち」
 「臼井吉見『戦後』」
 「モズレー『天皇ヒロヒト』」
 「追補 プラグマティズムとの出会い」
 「KAKI NO KI」
 「YUKAI NA ASA」
 「自由はゆっくりと来る」

1967年
 「日本語と国際語」
 「金東希にとって日本はどういう国か」
 「明治天皇伝説」
 「ファンシップについて」
 「朝鮮人の登場する小説」
 「ヤミ市と市民的不服従」
 「おくれた署名」
 「大臣の民主主義と由比忠之助」
 「回路の設計」
 「『ロマン・ロラン研究』への一言」

1968年
 「言葉あそびについて」
 「退行計画」
 「二十四年目の『八月十五日』」
 「私の母」
 「丘浅次郎」
 「桑原武夫」
 「現代学生論」
 「わだつみ・安保・ベトナムをつらぬくもの」
 「戦争と日本人」
 「平和の思想」
 「同志社『戦時下抵抗の研究』」
 「河合栄治郎の印象」
 「三木清のひとりの対話者として」

1969年
 「日本の思想用語」
 「脱走兵の肖像」
 「特別弁護」
 「記号の会について」
 「まげもののぞき眼鏡」
 「無意味にめざめよ・・・・加藤芳郎」
 「モラエス」
 「大衆の時代」
 「ポスターとさし絵の歴史から」
 「白土三平」
 「無意味にめざめよ・・・・加藤芳郎」
 「影のように」
 「らっきょうの歌」
 「かたつむり」

1970年
 「すれちがい・・・・哲学入門以前」
 「死んだ象徴」
 「体験と非体験と越えて・・・・戦争漫画」
 「方法としてのアナキズム」
 「オーウェルの政治思想」
 「動揺するガンジー・・・・E.H.エリクソン『ガンジーの真理』」
 「スタイルの思想」
 「林達夫」
 「小田実」
 「異化作用について」
 「私にとって同志社とは何だったか?」
 「おわりにひとこと」
 「アメリカの軍事法廷に立って」
 「全共闘の対話者」
 「伸六と父」
 「義円の母」
 「はじめて読んだ本」

1971年
 「G.H.ミード」
 「北米体験再考」
 「鳥羽僧正と『鳥獣戯画』」
 「ポールののこしたもの」
 「バーレスクについて・・・・富永一朗」
 「エゴイズムによる連帯・・・・滝田ゆう」
 「マンガはハングリー・アートか」
 「生活実感から社会を見る」
 「宣長の思い出」
 「日本人の心にうつった世界諸民族」
 「芦田恵助」
 「秋山清」
 「花田清輝」
 「埴谷雄高」
 「父母が頼りないとき」
 「『石橋湛山全集』」
 「呉林俊『朝鮮人のなかの日本』」
 「高橋和巳『わが解体』」
 「ラッセル卿の死を聞いて」
 「みどりの思い出」
 「坊主」
 「折衷主義のおとしあな」
 「楢山節考の世界」
 「コンラッド再考」
 「パディアとイグレシアス」
 「もうろく、その他」
 「難破と周航」

1972年
 「素材と方法・・・・『思想の科学』の歴史の一断面」
 「リンチの思想」
 「ひとが生まれる・・・・五人の日本人の肖像」
 「明石順三と灯台社」
 「センスとナンセンス」
 「家の神」
 「『黄河海に入りて流る』」
 「近藤芳美論」
 「根もとにある問題」
 「詩人と民衆」
 「ある日」

1973年
 「コミュニケーション史へのおぼえがき」
 「コミュニケーションの理想型としての宗教」
 「太宰治とその時代」
 「漫画の戦後思想」
 「戦時の投書から・・・・小沢信男論」
 「グアダルーベの聖母・・・・メキシコ・ノート」
 「丸山眞男編『歴史思想集』」
 「エル・コレヒオでの一年を終えて」(9月、報告書)
 「らくらくと流れる自然の音楽」

1974年
 「私の地平線の上に」
 「理論をつちかうもの」
 「竹内好」

1975年
 「石川三四郎」
 「なぜサークルを研究するか」
 「今日にひきつがれている大逆事件」
 「晩年の父」
 「日本人の世界の見方をかえるいとぐち」
 「梅本さんの文章」
 「『聯合国による日本占領』」
 「米国の伝統におけるシニシズムの欠如」

1976年
 「日本語と日本文化」
 「忘れ去られた他民族」
 「冗談音楽の流れ」
 「魂の躍動を探す楽しみ」
 「子どもの眼」
 「分断」
 「伝記について」
 「うしろめたさ、あやうさ」
 「民衆娯楽から国民娯楽へ・・・・『権田保之助著作集』」
 「河内紀『ベニヤの学校』」
 「武谷三男の戦後の仕事」
 「生者・死者兼帯の複眼」
 「共同研究の方法」
 「なぜサークルを研究するか」
 「体験をきりひらこうとする努力」
 「戦後民主主義の批判の書」

1977年
 「この事実の重さ」
 「独行の人・・・・坂西志保さんのこと」
 「忘れることの中にそれがある」
 「暗黙の前提一束」
 「ヤングさんのこと」
 「対話の相手としてのサークル」
 「山本覚馬のこと」
 「山鹿泰治のこと」
 「喜劇的定義と悲劇的定義」
 「幻獣製作術」
 「マッチ箱二つ」
 「柳父章『翻訳とはなにか』」
 「中村智子『風流夢譚事件以後』」
 「忍術はめすらしくなかった」
 「対話の相手としてのタゴール」
 「収容所から社会主義国家を見る」

1978年
 「花田清輝・・・・自分の腕の動きにむけるまなざし」
 「竹内好・・・・うたがいをうたがう」
 「国家と私」
 「開高健の政治思想」
 「占領者のわくぐみと被占領者のわくぐみ」
 「『ガタクタ百科』によせて」
 「現代の歌い手」
 「太夫才蔵伝」
 「風刺はひかれものの小唄か」
 「字のこと」
 「田木繁について」
 「中野重治の重層話法」
 「いねむりまでふくめて」
 「ある老い方」
 「矢内原伊作編『続・辻まことの世界』」
 「渋谷『この風の音を聞かないか』」
 「福田定良『仕事の哲学』」
 「『日本現代写真史』」
 「四十年たって耳にとどく」
 「現代日本に対する一つの寓話」
 「扇よりも盆のような境地を」
 「『風と木の詩』『地球へ・・・』」
 「なくなった雑誌」

1979年
 「柳田国男・・・・母の糸車」
 「戦時期日本の精神史・・・・1931-1945 」
 「戦後日本の大衆文化史・・・・1945- 現在」
 「漫画の面白い社会」
 「昭和漫画のヒーローたち」
 「戦後民主主義が消えたあとに」
 「そのカトリック精神」
 「加藤周一の流儀」
 「白樺から遠く」
 「著述のもとのかたち」
 「絵葉書の余白に」
 「竹国友康『リトルトウキョウ物語』」
 「山中一等水兵」
 「漫画は国境を越える」
 「金芝河『苦行』」
 「『長谷川テル作品集』」
 「絵本のことを」
 「加太さんの紙芝居学」
 「戦後の次の時代が失ったもの」
 「『ヴァイキング』の源流」
 「息のながさ」

1980年
 「マンガの読者として」
 「戦後の次の世代が見失ったもの」
 「ダルマに眼は入るか」
 「世代から世代へ」
 「老いへの視野」
 「未来とのつきあいの作法」
 「散歩の名人、その軽い足どり」

1981年
 「漫画という言語」
 「はっきりしたのはいいことだ」
 「遠い記憶としてでなく」
 「天皇への熱愛と憎悪の書」
 「小野二郎『紅茶を受け皿で』を読む」
 「わたしが子どもだったころ」
 「『怪奇小説』と三代の意図」
 「下宿の小母さん」
 「韓国から日本へ」
 「好みについて」
 「日録:核のもちこみ」

1982年
 「好みの問題」
 「秘密結社の思い出」
 「ジンジャーブレッド・マンの話」
 「読書日録」

1983年
 「永遠の時間」

1984年
 「デューイ」
 「戦争裁判に批判をくわえるいとぐち」
 「禿山に思う」
 「コーヒー店から三五年」
 「ことばを求めて」
 「『本の虫』の感想」
 「難民を撮り続けたもう一人の難民」
 「おとなをねぶみするひま」
 「森川哲郎の動機」

1985年
 「ハックスリー・・・・ハックスリーの日本文化」
 「マスメディア」
 「本と装幀」
 「戦時から考える」
 「マンガの歴史から」
 「ある戦後」
 「蝋燭は静に燃え」
 「書誌学者についての書誌学」
 「講演 図書館と私」
 「民際性をあたえる日本語文学」
 「井上ひさしの文章作法」
 「まちがいはどこへゆくか」
 「不思議な出会い」
 「町の会話」
 「少年になった父」
 「『荒野に追われた人々』の著者に」

1986年
 「礼儀の先生」
 「年のはじめ」
 「今すぐの最大の効果」
 「読者として」
 「日本にめざめる一つの機会」
 「寓話」

1987年
 「イシャウッド・・・・小さな政治に光をあてたひと」
 「柳宗悦・・・・高度成長期への一つのヒント」
 「ヌーサ・ヘッズ会議の提起したもの」
 「日本のマンガの指さすもの」
 「人間と家族」
 「私の韻文批評」
 「楽園追放異説」
 「グルメのさまざま」
 「早く早くをはぐらかす工夫」
 「ふところの深い日本語へ」
 「夏をむかえて」
 「自分をしめだして」
 「異文化に学ぶ」
 「かたみについて」
 「ヌーサ・ヘッズ会議の提起したもの」
 「動物の群棲という視点から」

1988年
 「中野重治・・・・自分の中の古い自分」
 「日本映画に出てくる外人」
 「長大な視野を持つ」
 「家の会と二十五年」
 「戦時からの呼び声」
 「さまざまな対・・・・例解結婚学入門」
 「もうひとつの東京」
 「普通のくらし」
 「私のウグイス」
 「究極の同窓会」
 「私の読書日記」
 「心に残る一冊の古典」
 「交流のもたらしたもの」
 「『ぼのぼの』『まんたら屋の良太』『のはらうた』」
 「□」

1989年
 「機動隊導入」
 「昭和の終りに」
 「うえ死のこだま」
 「梅棹忠夫頌」
 「親子相撲」
 「どこで人を見るか」
 「メキシコの同時通訳」
 「サーカスの思い出」
 「彼の挫折が未来をてらす」
 「五十数年前の本と再会」
 「そうかもしれないという留保」
 「クロポトキン『ある革命家の手記』」
 「『ちびまる子ちゃん』『おぼっちゃまんくん』」
 「即興の音楽をかなでる人」
 「兵隊」
 「再読」

1990年
 「オルテガ・・・・西欧近代、そののこした遺産」
 「政策と敬意と」
 「バーリン・・・・バーリンとヒゲ」
 「老いの先輩」
 「ある同時代人の肖像」
 「風呂に入っている日本文学」
 「安倍譲二の『人生問答』」
 「中華料理の話」
 「主に読者として」
 「生方敏郎と雑誌『古人今人』」
 「片語隻語」
 「自分用の本」
 「『ちちははの記』」
 「ひと口で言うと」
 「長新太の作品」

1991年
 「こどもについて」
 「自殺について」
 「人間と国」
 「深層の政治」
 「寒中死刑大会」
 「『少年アシベ』」

 *発表年不明「老眼で思いだしたこと」
       「丸山眞男『戦中と戦後の間』」
       「スタイルの思想」(70年代末?)
 *「本のはなし」(1952-67 )
 *『論壇時評・1960年』(1959-60)
 *「未来とのつきあいの作法」(1980.7.1-1980.12.26)
 *「私の韻文批評」(1987.6.5-1990.3.9)
 *「わたしの読書日記」(1988.1.15-1988.2.5)
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