高槻JTバイオ施設情報公開訴訟を支える会

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意見書 市川定夫 (甲第84号証として2000年6月9日提出)

 原告側は、市川定夫先生(埼玉大学教授)を証人として申請しましたが、裁判所は、この意見書で十分であると判断し、市川先生の証人調べは実現しませんでした。
 市川先生は、専門の遺伝学(特に放射線遺伝学、突然変異学)の観点から、長年にわたり、原子力発電の危険性を訴え、微量放射線の人体への影響について警告を発してこられました。最近では、遺伝子組換え食品の問題にも深く係っておられ、常に市民の側に立って行動される科学者です。
 この意見書は、バイオ施設の危険性について、簡潔にしかも要を得て述べられており、原告が主張している「本件施設において、『住民の生命、身体及び健康を害するおそれのある事業活動』が営まれていること」を立証するものです。



1 バイオハザード(生物災害)の定義とその特徴

1)定義
ある生物が新たな環境に入ってくることにより発生する災害を生物災害というが、通常、バイオハザードとは、そのうち微生物によるものを指す。
ウイルス、細菌、カビ、原虫などの微生物、核酸、蛋白などの微生物構成成分、さらに微生物の生産物などを取り扱う場合に発生する災害を意味する、との定義が可能である。

2)微生物の特徴
 微生物の特徴が前提となるが、微生物の場合、われわれが肉眼でもって、今ここにいる、あるいはあそこへ移ったとか、あそこに付着しているとかいうことがわからない。また、ある条件が備わった場合には、非常に早い速度で増殖する。例えば、実験で大腸菌を増殖させる場合、30分に1回分裂するようにすれば、10時間で1個の菌が100万個に増える。
微生物が実験室外に出た場合、外の環境がその微生物が生育できる条件になっているかいないかによって異なるが、その微生物が宿主とする生物がいたり、あるいはその微生物が増殖できるような培地等(例えば腐敗菌にとっての有機物)が存在すると、急速に増殖する。
人も当然微生物の宿主となりうる。病原微生物と呼ばれるものは、人を宿主とするものである。人の数が多ければ多いほど、感染する確率も伝播力も大きくなる。

3)過去のバイオハザードの例
 過去の歴史の中で、人類が微生物によって大きな被害を受けた例としては、ペスト、梅毒、コレラの蔓延、20世紀のインフルエンザの大流行等があって、枚挙に暇がない。新しい病原性の微生物が見つかって、それがそれまにその微生物がいなかった社会に導入されると、その社会を構成する人類集団は非常に抵抗力は弱いから、急速に蔓延する。
 研究所から病原微生物が漏れて被害が発生した例としては、1977年、旧ソ連のウラル地方スベルスドルフの生物兵器研究所から炭疽菌が漏れて、数百人が死亡していたということが近年になって判明した。
1986年、アルゼンチンで遺伝子組換え技術によって作られた狂犬病のワクチンを放牧中のウシに実験的に接種したところ、その1年後に人への感染が見られた。
このほか、1986年、フランスのパスツール研究所においてガン死者が多発したが、ガン遺伝子を組み込んだレトロウイルス、他のガンウイルス、さらに微生物に突然変異を起こさせるために用いるニトロソグアニジンという変異原に、研究者が複合的に被曝してガンが多発したと思われる事例がある。
また、微生物による事故ではないが、1970年ごろ、私が勤務していたことのあるブルックヘブン国立研究所でも、研究棟の空調設備が故障したために、排気すべき空気が逆流し、その空気に含まれていた変異原に研究者全員が変異原に曝されたという事故があった

4)バイオハザードの発生のしかた
 前提として、病原微生物の感染経路については、皮膚感染が最も多く、次いで呼吸・吸入による感染である。また、食物摂取等に伴う経口感染もある。さらに、これに加えて、医学もしくはそれに準じた取扱いによって生ずる血清による感染がある。
 病原微生物が人体に入ったときに、人体はこれに対する抗体を作ろうとするが、この防御機構(免疫)が働く前に微生物が有毒物質を作り出して、人体の細胞またはそれが集まった組織が機能を失ったり、あるいは神経系を侵されたりする。また、人体の組織の中で微生物が急速に増殖することにより、細胞自体が微生物に食べられてしまうこともある。
いずれにしても、このような事態が急速に進行すると、発病したり、死に至ることがある。

5)バイオハザードの特徴
化学物質であれば、その化学物質の種類によって、臭いがしたり、色がついていたり、五感で感じられる場合がかなりある。それが困難な場合であっても、それぞれの化学的性質に応じて、検出器で検出することが可能である。
放射性物質の場合も、目には見えないが、検出器により放射線量の測定が可能である。したがって、化学物質でも放射性物質でも、漏出が始まった初期の段階でそれを防止する手段をとることが可能である。
しかし、微生物の場合は、すでに述べたような微生物の特徴から、環境中には常にさまざまな微生物が存在していることから、特定の微生物そのものの漏出を検出することは不可能である。微生物が漏出した場合には、人を含む他の生物に何らかの影響が出て初めて検出ができるということになる。
また、微生物の場合、化学物質や放射性物質の場合と異なり、環境中に漏出してから増殖することがあり、これを防止することが困難である。
バイオハザードの特徴としては、以下の2点に整理することができる。
@不顕性
感染をしてもすぐに症状が現れない場合があり、この間に排出・漏出が続き、被害が拡大する可能性がある。
A被害の未知性
 何かの感染症が起こって、発病が見られても、その感染源となった病原微生物が特定できない場合には、処置のとりようがない。病原体が特定できないと、それに対する抗体を抗原抗体反応によって作ることも不可能であるから、検査すら不可能になる。
また、感染に対する治療方法についても、対症療法的に解熱をするといったことはできても、適切な治療を行うことが困難である。
疫学的調査を行うにしても、感染者の行動範囲によって、まったく無縁の人と接触する場合が多くなるから、疫学的調査の対象が非常に広くなってしまう。また、不顕性の問題から、実際に発病している人のみを対象にして調査を行っても不十分である。

2 バイオ施設における病原微生物漏出の具体的なメカニズム

1)いかなる場合に病原微生物が漏出するのか
国立感染症研究所病原体等安全管理規程は、事故の定義として、外傷その他により病原体等が職員等の体内に入った可能性のある場合、実験室内の安全設備の機能に重大な欠陥が発見された場合、病原体等により実験室内が広範に汚染された場合、職員等の健康診断の結果、病原体等による異常が認められた場合を挙げている。しかし、これに加えて、実験者が病原微生物に感染し、感染に気付かないまま外部に出て結果的に病原微生物を持ち出す場合や、実験者の衣服や身体に微生物が付着して外部に持ち出してしまう場合も、事故に含めるべきである。

2)漏出発見までのタイムラグについて
 前項で述べた実験者が無意識的に病原微生物を外部に持ち出してしまった場合には、漏出事故が発生したことが判明するまでの間に相当のタイムラグが生じる。
また、実験室の物理的封じ込め設備に不備が生じ、これが検知されなかった場合にも、漏出事故の発生が判明するまでに相当のタイムラグが生ずる。
例えば、HEPAフィルターについては、風量や風速により稼働状況の監視を行っているが、総量としての風量・風速は変わらないが、かなりの部分が詰まっていて、フィルターの繊維間の間隔に歪みが生じる等により一部に大きな隙間が空いているという場合は、風量・風速の監視では異常を検知できない。

3)実験従事者の感染
病原微生物を使用して行う実験中の種々の操作に伴って、または実験の失敗によって、病原微生物が直接皮膚に付くとか、場合によっては口、鼻に触れてしまうとか、あるいは皮膚に傷があったため病原微生物が体内に入る等して、直接的に感染が発生することがある。
また、微生物を動物に投与した場合に、その動物に噛まれたり、あるいは動物に注射等の処理を行うときにその注射針等に触れるとかいったことによっても感染が発生する。
さらに、実験室内で実験操作によって病原微生物がエアロゾルになり、空気中に漂うことによって感染することもありうる。実験従事者が、容器を誤って落下させたり、病原微生物入りの容器を病原微生物入りではない容器だと誤認して開封したりするミスが発生する可能性があり、このような場合にもエアロゾルが発生する。
実験時に実験用の着衣を着用していても、着衣の下の衣類に病原微生物が付着することがありうるし、実験用手袋の着用方法(実験前に予め裾を折り返しておき、実験終了時に手袋をはずす際に汚染が生じないようにする)を誤っても、手や衣類に微生物が付着する可能性がある。実験中、微生物が付着しやすいのは、顔面(特に鼻腔、口腔)、袖口、実験着で覆われていない足下である。

4)エアロゾル感染について
エアロゾルとは、空気中に液体もしくは固体が微粒子の状態で存在している状態をいう。通常、エアロゾルという場合、水滴や水以外の液体の細かい滴、チリ等の細かい粉体が混在して空気中に浮かんでいる状態をいっている。病原微生物がこのエアロゾルの構成分として混じることは当然ありうる。
病原微生物を用いる実験におけるあらゆる実験操作がエアロゾル発生の原因となりうるが、特に、実験試料をピペットや注射器で取り出す際に最も発生しやすい。ピペットから1滴でも漏れると、それが空気中に細かい霧状になって逃げたり、蒸気状になって逃げたりして、エアロゾルとなる。このことから、1滴も試料が漏れないような構造になっている安全ピペットを用いるが、これにしても操作を誤ればエアロゾルを発生させる可能性がある。
実験中に材料を攪拌したり、均一に混ぜるための各種機器を用いるが、これによってもエアロゾル発生の可能性がある。
動物実験の場合、病原微生物に感染した動物の涙、鼻腔分泌物、唾液、汗、糞便等からも病原微生物を含んだエアロゾルが発生する可能性がある。

5)HEPAフィルターと排気の環流防止について
P3レベル以上では、実験室の排気を再度実験室内に環流させてはならないとされているのは、HEPAフィルターを通しても、病原微生物を含むエアロゾルを完全に捕捉しきれないからである。つまり、実験者の安全を守るためである。
HEPAフィルターは、0,3ミクロン以上の粒子を捕捉できるが、病原微生物の種類や状態によっては、これを下回る大きさの場合もあり、すべての病原微生物を捕捉できるというのは誤っている。例えば、ウイルスそのものを捕捉することはできない。
なお、HEPAフィルターは、水に濡れた状態では捕捉率が低下するから、何らかの原因でHEPAフィルターが水に濡れた場合は、病原微生物が漏出する可能性がある。
病原微生物が漏出した場合、人口が10倍になれば、1次感染の確率は10倍となり、2次感染の確率は10の何乗というふうに高まる。
また、排出されたエアロゾルが拡散するかどうかは、そのときの気象条件等による。例えば、雨が降っており、風がなく、湿度が高いという条件下では拡散しない。

6)実験室からの排水経由の漏出について
実験施設内での滅菌により菌を著しく減少させることはできても、菌をゼロにすることはできないから、実験施設からの排水を経由して病原微生物が漏出する可能性がある。
例えば、オートクレープによる滅菌も十分でないことがありうる。温度設定と時間設定が重要であるが、どちらかが滅菌の対象となる病原微生物に対して適切でない場合、滅菌が不十分となる。複数の菌を使用して実験を行う場合や、複数の実験従事者がオートクレープを共用する場合にミスが起こりやすくなる。
消毒液による滅菌にも限界がある。例えばクレオゾールは、蛋白を不活性化する作用により滅菌を行うが、核酸(DNA,RNA)に対してはさほど破壊作用をもたない。
塩素による殺菌でも、例えば殺菌の対象となる液体に塩素ガスを通しても、液体中の微生物がすべて塩素ガスに触れるとは限らないから、限られた時間で殺菌を行うかぎり、菌の数を減らすことにしかならない。
したがって、排水処理に当たっては、自然界では増殖しないであろうという濃度を推定して、その濃度まで希釈して排水するしか方法がない。
また、排水の滅菌が成功したかどうかを常時監視する方法はない。定期的にサンプルを採取してテストするしかない。

7)実験動物を経由した感染について
実験動物に病原微生物を感染させる、あるいは動物に病原微生物を入れて実験している場合に、実験従事者が病原微生物に感染することがありうる。
例えば、その動物の糞尿に触れたとき、その動物に噛まれたとき、動物に注射をした注射針で誤って自らを刺してしまったとき等に、感染が発生することがある。
また、実験動物が逃走する可能性もある。例えば実験動物に餌を与えるとき、実験のために動物を取り出すとき、飼育施設の設備・使用材(敷きワラ等)を交換するとき等に、動物が逃走することがありうる。

3 物理的封じ込めの不十分性・・・特に緊急時対策について

すでに述べたことからも、いわゆる物理的封じ込めが病原微生物等の漏出対策として不十分であることは明らかであるが、火災、地震等の緊急事態を想定すると、その不十分性は一層明らかである。

1)火災の場合
病原微生物を取り扱っていたり、遺伝子組換えを行っている施設では、火災が発生しても、放水による鎮火はできない。水をかけることによって微生物や組換え体を拡散させることになってしまうからである。したがって、化学消火によるか、密閉状態にして酸欠により鎮火するといった方法によるしかない。

2)地震の場合
実験中に例えば有害な化学物質入りのビンを実験台の上に出していたり、あるいは用いようとする病原微生物の菌株を実験台の上に出していたときに大地震が発生すれば、それが倒れたり、実験台から落下したりしてビン等が破損したり、内容物がビン等の外に出たりして汚染が起こりうる。

3)緊急時対策
病原微生物等の漏出事故が発生した場合、当然、施設周辺の住民については避難措置がとられるべきであるが、周辺が都会の住宅地であれば、退避計画をたてることも、これを実際に実施することも、極めて困難である。
病原微生物を取り扱う施設については、原子炉等の場合の防災計画区域のような法律上の規定は存在しない。

4 生物学的封じ込めの不十分性について

実験室外では生存しにくい、あるいは増殖しにくいといっても、死滅することは意味しない。これまで使われている認定宿主ベクター系でも、それが環境中に漏出した場合、生存はしにくいし、増殖もまずしないが、すべて死滅するわけではない。外の環境で生存しにくくするために、例えば栄養要求性といって、特定の物質が培地に添加されていないと生存できない、あるいは増殖できないといった性質を加えているが、低い確率ではあるが、突然変異でそのような性質は元に戻りうる。また、環境中には、その微生物が栄養として必要とするものが存在する場所や機会がありうる。特に病原微生物の場合、その微生物の宿主は人なのであり、人がこの「場所」や「機会」を提供しうることになる。

5 実験施設のソフト面の重要性

病原微生物等を取り扱う実験に関しても、教育訓練等によってミスを避けるということを大前提にして行っている。しかし、人間というのはミスをする動物であり、ミスの可能性をゼロにすることはできない。さまざまな産業でのミスによる大事故がそのことを明白に物語っている。
 放射性物質の場合は、微量でも漏れ始めると計器が感知して防止措置をとり、漏出を最小限に止めることが可能であるが、微生物の場合には、漏れ出る微生物を測定する機器がない。
そのため、例えば病原微生物が実験従事者の衣服に付着したり、毛髪に付着したり、爪の隙間に入ったりしたが、当人がそれに気付いていないという場合に、微生物の付着の有無を調べる機器が存在しないから、当人はクレゾール等で手を洗い、実験室外に出てしまう。そして、実験従事者本人かあるいは他の誰かが発病して初めて病原微生物の漏出が判明するといったことが生じる。
このように、病原微生物の漏出防止に関しては、ソフト面の強化が極めて重要になる。

6 遺伝子組換え実験・遺伝子組換え体の危険性について

遺伝子組換え体にも、病原微生物と同様に一定の危険性があり、外部に漏出した場合には、被害を発生させる危険性がある。
まず、遺伝子組換え操作によって、未知の性状の生物が出現する可能性があることが指摘できる。
すなわち、生物の進化は、三十数億年という長大な時間をかけて行われてきたものであり、微生物のように、繁殖が早く、細胞世代も短くて、人と比較すればはるかに進化が速いものであっても、長い目で見る必要がある。その生物がかつて持ったことのない遺伝子を持ち、かつて持ったことのない蛋白を細胞内で作り出すと、その生物が長い年月の間に変わって、まったく新しい性質を持つようになる可能性がある。特に、進化が速い微生物の場合、組み込まれた遺伝子がその微生物に無用なものであっても、その遺伝子が作る蛋白をやがて利用できるものが現れるかもしれないとか、あるいはその遺伝子が突然変異を起こして、その微生物に有用な蛋白を作る遺伝子に変わるかもしれないなど、さまざまな可能性がある。したがって、長い目で見れば、微生物以外でも、未知の性状を持つ生物が現れる可能性は常に存在する。
このような仕組みで、遺伝子組換えの過程で、病原性のなかった微生物が病原性を持つものになる可能性や、発ガン性など他の危険な性質を持つものになる可能性がある。
また、病原微生物を用いて遺伝子組換えを行う場合と、そうではない微生物を用いて遺伝子組換えを行う場合を比較すれば、病原微生物を用いる場合の方が危険度が一段と高くなる。すなわち、病原微生物の漏出ということが問題になるうえに、遺伝子組換えの結果、病原性の遺伝子が入る可能性があるからである。
1980年代初期と1990年代初期に、組換えDNA実験に関する指針を緩和した際に、これまで遺伝子組換えにより元の微生物を超える強い病原性を示したものが出ていないとか、DNA供与体を超える危険性を示したものがないとか主張された。しかし、これまでそういうことがなかったということは、この問題に関するかぎり、今後もないということの保証にはまったくならない。
遺伝子組換え実験の歴史は、わが国では、指針が出された1979年以後であるから、約20年程度であり、しかも、組換えた遺伝子を最初から働かせるような仕組みで本格的な遺伝子組換え実験が行われるようになってからは、まだ15年程度しか経過していない。遺伝子組換え実験の経験がまだまだ十分にはないというべきである。
 なお、単離された遺伝子DNAやその生成物である蛋白には、病原性等の危険性はないとする意見もある。しかし、両者とも即危険とはいえないものの、例えば蛋白の場合、病原微生物が作り出す酵素であったり、あるいは毒素産生にかかわる酵素であったりと、毒素にかかわるものであるときに危険を伴うことがある。また、DNAについても、毒素産生に関わる遺伝子が他の生物細胞に入り込みうるベクター(運び屋)につないである場合には、危険を伴うことがある。

7 遺伝子組換えについての規制の変遷について

 1975年2月、遺伝子組換え実験について検討するアシロマル会議が開催された。この会議は、1974年4月の遺伝子組換えモラトリアム提案を受けて、遺伝子組換え実験の是非について議論した。
同会議では、激論があったが、自主規制を基本としつつも、安全を確保しながら実験を行っていくという基本方針をまとめた。自主規制とは、各国ごとにガイドラインを策定し、研究者がこれを遵守していく、という意味である。ガイドラインの内容としては、物理的封じ込めと生物学的封じ込めの2つの方策をとっていくこととした。
1976年、アメリカのNIHガイドラインが制定された。 1977年には、ヨーロッパ諸国でガイドラインが次々と制定される
日本では、研究者間での議論が立ち遅れたうえ、省庁間の縄張り争いも絡み、1979年になって、文部省管轄の国公私立大学と国立研究機関を対象とする文部省指針と、他官庁所轄の研究機関や民間企業等を対象とする科学技術庁指針がようやく出され、2本立てになった。
1981年、指針が緩和され、認定宿主ベクター系に枯草菌のBS1系が加えられた。当時、諸外国では、枯草菌は認定宿主ベクター系には加えられていなかった。これは、枯草菌が耐熱胞子を持っており、高温による滅菌がしにくいという性質を有していたからである。
1982年には、いわゆる全面緩和はなされ、多くの実験がP4からP3へ、P3からP2へ、P2からP1へと物理的封じ込めレベルが緩和された。また、1991年には、それまで各研究機関の組換えDNA実験安全委員会の承認を必要としていた実験の一部を、承認を要しない機関届出実験とするなどの緩和を行われた。
こうした指針による安全確保は、究極的には実験を行う研究機関の態度・姿勢にかかっている。指針は法律ではなく、罰則もない。機関承認実験についていえば、安全委員会がどれだけ慎重に審査するかということにかかるし、機関届出実験の場合には、届け出る研究者個人がどの程度厳格に指針を遵守して実験を行うかによることになる。
さらに、安全に委員会の構成についても規制の緩和が行われた。すなわち、組換えDNA実験安全委員会は、指針上、当初は、実験当事者から選ばれた委員、実験を行わないが、遺伝学や生化学の専門家、機関の医療を担当している専門家、人文社会科学分野からの委員、研究機関外の委員で構成すると規定されていた。 ところが、1991年の指針の改定においては、適当な構成の委員会を設けると改められ、上のような構成メンバーに関する規定はなくなってしまったのである。

8 バイオ施設の立地条件について

WHO指針にいうところの微生物を取り扱う場所の「地理的条件」は、一つには気象条件といった自然地理的条件のほかに、人文地理的な条件、すなわち人口がどのくらいかといったことや、人口密集地との距離等の条件も含まれると考えるべきである。
アメリカのCDC(疾病管理センター)のガイドラインにも、P3レベルの危険病原体を用いる実験を行う研究室から病原体の漏出がありうること、したがって、そのような研究室は、周囲の生態系に影響しない地理的条件下のみで許容される、との指摘がある。
微生物の漏出は、絶対にゼロにすることはできない。したがって、人に感染するような病原微生物を取り扱う場合には、その漏出の可能性を考えて、やはり可能なかぎり1次感染の可能性の少ない場所に立地を求めるべきである。人口が10倍になれば、1次感染の確率は10倍となる。また、2次感染の確率は、10の何乗というふうに高まる。
1次伝染の確率が低ければ、2次伝染の可能性も低くなるのであるから、人口密集地に立地することは大問題である。

9 本件施設の立地条件について

高槻市は、淀川対岸の枚方市とともに、大阪市と京都市の中間に位置し、交通の便から戦後急速に人口の増加率が伸びた市である。
 本件施設は、その高槻市の住宅地の真ん中にあり、どの方向も狭い道路を挟んで住宅地に接していて、かつ人の往来も頻繁な地域であることから、こうした施設に関する上記立地条件に照らして、安全確保のためには、かかる人口密集地に決して立地すべきではないといえる。


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